BALMUDA(バルミューダ)の歴史【前編】(4万円の扇風機が売れる理由)

man using welding machine わくわくするデザインの豆知識


39,600円の扇風機、欲しいですか?

正直いらない人が、大半だと思います。

しかもこの扇風機、ダイソン製品のような空気清浄機能はありません。

そんな一見ただの扇風機が、なんとこれまで約80万台も売れています。

この記事では、この扇風機の生みの親、異彩を放つデザイン家電メーカー、「バルミューダ」の歴史を紹介します。

 

1. 寺尾玄(てらおげん)という男


まず「バルミューダ」といえば、どんな商品を思い浮かべますか?

クロワッサンをカリカリにできるトースター、流行りましたよね。

加湿器やケトルを思い浮かべる方もいるでしょう。

出典:https://www.balmuda.com/jp/


洗練されたデザインと画期的なアイデアで作られるバルミューダの家電は、高価ながらも人気がありますよね。

そんなバルミューダ、実は家電業界に全く縁のなかった“寺尾玄(てらおげん)”という1人の男によって立ち上げられたのです。

ここから、彼の歴史を振り返っていきます。

寺尾は1973年、千葉県で生まれ。

子どもの頃から両親に、「お前は人とは違う。」と言われ続けて育てられます。

寺尾の家は決して裕福ではなかったですが、「人と違うのだから、同じことをしてはダメだ」という教育方針のもと、日々を送ることに。

寺尾玄 出典:https://business.nikkei.com/


そんな小学校5年生のあるとき、収入が安定しない両親は言い争いが増えていき、ついに離婚。

寺尾は、父親と弟との3人暮らしが始まります。

一方、実家に帰ってしまった母親は、寺尾が中学校2年生の時に仕事でアメリカに行き、日本に帰る際に立ち寄ったハワイで、シュノーケリングの最中に溺死してしまいます。

何とも壮絶な少年時代を過ごした寺尾ですが、人生の最初の転機となったのは、高校の時に教師から渡された「進路希望書」。

当時17歳だった寺尾は、「この紙は絶対に書いてはダメだ。」と拒絶します。

それは、当時から自分の可能性を誰よりも信じていたからです。

未来の職業を決め、その職業に向けたコースに進み、具体的に針路を進めていく紙を書いてしまうと、自分の未知なる可能性を裏切り行為になると寺尾は考えたのです。

それをきっかけに高校を中退した寺尾は、もともと興味があった海外を旅します。

man sitting on gang chair with feet on luggage looking at airplane


スペインやイタリア、モロッコといった地中海沿いを放浪する旅の資金は、母親の死によって手にした保険金でした。

旅の途中、異国の音楽文化に出会って影響を受けた寺尾は、日本に帰国後、ロックスターを目指して音楽活動を開始します。

この時点では、まだ全く家電が出てきませんね。

ギターを買って、覚えたての4つのコードで曲を作り、レコード会社に送ると、何とすぐに事務所が決まります。

その後バンドを組んで、トントン拍子で音楽活動を続け、大手レーベルからのメジャーデビューが決定。

しかし、スポンサーであった企業の業績が悪化し、デビューの話はなかったことになります。

それからも寺尾は、アルバイトをしながらバンド活動を続けますが結局売れず、2001年にバンドは解散。

ここで寺尾は、“夢って叶わないんだ”と、衝撃を受けます。

この時すでに、28歳になっていました。

 

2. 寺尾を突き動かしたダッチデザイン


ロックスターになる夢が散り、これからどうしようかと悩んでいたある日、彼女の家でひとつの雑誌が目に止まります。

それは、オランダのデザイン誌「FRAME(フレーム)」。

これが寺尾の人生の、第2の転機となります。

その雑誌に載っていた、オランダのdroog(ドローグ)というデザインプラットホームが打ち出していた、突き抜けた商品デザイン(ダッチデザイン)。

寺尾はそれに衝撃を受けます。

出典:https://note.com/jucydesign

(droogについては過去のこの記事でも、Lag Chair(ラグ・チェア)を紹介しているので、見てみてください。)

初めてプロダクトデザインというものを知り、その未知の可能性を知った寺尾はすぐに行動を開始します。

まず、コンピューターで設計をするCADの使い方を学び、素材や加工の知識を本屋で片っ端から立ち読みをしていきます。

例えば、チタンは何度で酸化するのか?

ステンレスの加工の仕方は?

といったことを独学で学び、徐々にどういうふうにモノを作るのかを理解していきます。

man holding gray steel frame


それと同時に、電話帳で近くの工場を片っ端から調べては訪ね、中を見せてもらえるように交渉しました。

しかし、どの工場も寺尾をまともに取り合ってはくれません。

それでも根気強く回っていく中で、運命的な出会いが訪れます。

それは「春日井製作所」という、小さな金属加工の工場でした。

 

3. 1年の試行錯誤の末、X-Baseが完成


当時、寺尾は工場を見学したのち、借金をして金属加工の機械を買うつもりでしたが、春日井製作所の春日井さんからこう言葉をかけれらます。

「自分でいきなりやっても上手くいかないよ、うちの使っていいからここでやれば。」

それは寺尾にとって、神の救いのような言葉でした。

春日井製作所(東京都・小金井市) 出典:https://koganei-s.or.jp/

春日井さんを含む3人の職人は、忙しい中でも機械の使い方教えてくれ、寺尾に好きなものを作れる環境を提供してくれました。

1年ほど毎日工事に通い、ついに作り上げた最初の商品が、無垢のアルミニウムとステンレスのパーツで作られたノートパソコン台 「X-Base」

この商品で寺尾は2003年に、たった1人でバルミューダを創業します。

X-Base 出典:https://www.balmuda.com/

1台3万円以上した商品でしたが、発売から3カ月で100台以上を販売することに成功。

その次に作ったLEDのデスクライトHigh-wireも部品が高くつき、値段は6万円と高価格でしたが、デザイン性の高さで高級インテリアショップでよく売れます。

そして、バルミューダの年商は数千万円にまで跳ね上がるのでした。

この話の続きは後半で。

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