出典:https://www.fuze.dj/ Photo by Alexander Scheuber/Getty Images
“バンクシー(Banksy)”という名前、一度は耳にしたこともありますよね?
“芸術テロリスト”と称されることもあるバンクシーですが、その多くが未だに謎に包まれています。日本においても、小池都知事が港区の防潮堤に描かれたネズミと映った映像や、オークションで落札された瞬間にシュレッダーで切り刻まれる事件が、記憶に新しいのではないでしょうか。この記事では、そんなバンクシーの歴史や人気の理由を深堀りしていきます!
1. スプレー&ステンシル(型枠)とネズミの意味
バンクシーはイギリス出身の、匿名で活動するアーティスト。1990年 にイギリスのブリストルでアーティスト活動を開始します。
その多くは街中をキャンバスに作品を描いていたため、あらかじめ用意したステンシル(型枠)の上からスプレーで素早く吹き付けるだけで、ゲリラ的に瞬く間に描き終えるスタイルをとっています。悠長に描いていたら、警察にバレて器物損壊で捕まってしまう可能性があるからです。
また、作品のモチーフとしてネズミが多く登場します。2019年1月、小池都知事がTwitterで投稿して話題になったのも、ネズミが
ネズミは、都市から排斥された人々(ホームレスや移民、難民など)
同じようなストリートを拠点に活動していたアーティストとしては、過去にはバスキアやキースヘリングがいました。彼ら同様バンクシーも、迷惑行為ともとれるストリートにおいて、表現の自由で反資本主義、反権力、反戦争を掲げて世の中を強烈に風刺しています。
特に戦争を揶揄したものとしては、イギリス市内の壁とパレスチナの分離壁に描かれた「風船と少女」や、火炎瓶の代わりに花束を投げれば平和になるよね?というメッセージが込められた「花束を投げる男」、ベトナム戦争の有名な写真にあのキャラクターをコラージュした「ミッキードナルドベトナム」などがあります。
2. バンクシーをよく知る人物の存在
多くが謎に包まれたバンクシーですが、彼に繋がる人物もいます。それが、彼のマネージャーとして11年間、PRブランディングに注力した元写真家のスティーヴ・ラザリドスと、そのあと2006年に現在のマネジャーになったホリー・カッシングです。
ラザリドス体制の頃には、手描きからステンシルへ移行し、知名度を伸ばしていたバンクシーですが、実は2002年に、来日もしています。その頃は、企業案件も受けていて、andA,montageといった日本のアパレルブランドやgreenpeaceといった環境保護NGOの案件も請け負っていました。
来日したのもこのためで、企業関係者はもしかしたら本人に会って素顔を知っているかもしれません。しかし、ホリー・カッシング体制になってからは、こうした案件は一切せず、それまでの人間関係を清算するかのごとく、殆どの知り合いと連絡を絶ち、バンクシーは孤高のアーティストとして権力に訴えかける傾向が強くなります。
こうしたマネジャーを始めとした周辺のサポートによる徹底したブランディングが、彼の知名度を支えています。
2. 作品そのものだけでなく、行為も作品とするバンクシー
バンクシーの知名度を上げた作品として、「Bomb Love (爆弾を抱きしめる少女)」などの、2003年のイラク戦争の際に抗議したものがあります。また、時を同じく2003年〜2005年にかけて、バンクシーは作品以上に、世界中の美術館や博物館に無断展示をして注目を集めました。
中でも特に有名なのは、2005年の大英博物館への展示「Peckham Rock」。古代人がショッピングカートを押しているような壁画で、スタッフに気づかれず3日間無断展示され、それを動画に撮影してバンクシー自身が明かしたために大きな騒ぎとなりました(この作品は、2018年の大英博物館での展覧会で正式に展示されることになり、再び注目を浴びました)。
さらに2008年には「バンクシー vs ブリストルミュージアム」という展示が、彼の出発点であるブリストルで凱旋企画として開催されました。この頃にはすっかり有名人となったバンクシーは、偽物も増えてきたため、商品化した作品にはペストコントロール(本物かどうか判断する機関)が設けられました。
4. 映画監督もやっちゃうよ、バンクシー
バンクシーは2010年には、映画「Exit Thorough The Gift Shop 」を監督します。絵を描くだけじゃないんですね。
ストーリーとしては、バンクシーのことを追いかけ始めたカメラマンが、バンクシーにその映像をみせたら、バンクシーがそのカメラマンを面白がって、Mr.ブレインウォッシュとしてプロデュースしてアーティストデビューさせてしまう、という奇抜な内容です。
2013年、さらに精力的に活動域を広げていくバンクシーは、NYストリートアートプロジェクトを開催します。NY(ニューヨーク)の街中に、毎日1作品配置していくというプロジェクトで、風船と少女の少女なしの絵を描いて、その場にいる人が少女役になれる作品や、あえてスラム街に作品を描き、普段交わらないアート好きのハイエンドな人と、スラムの人が入り乱れる風景をつくりました。
バンクシーの絵と写真を撮ってSNSに上げる人、上から落書きする人、破壊して盗もうとする人、様々な人間模様が連日NYを騒がせたのです。そして、2014年にはこの一連のプロジェクトを、「バンクシー・ダズ・ニューヨーク」として、また映画化してしまいます。
5. ひと夏のディストピア、Dismalamdを開園!
2015年8月、バンクシーはまたも衝撃的なことで人々を驚かせます。それは、ひと夏限定の悪夢のテーマパーク、「Dismaland」の開園です。
名前からも分かるとおり、このテーマパークはあの夢の国を意識して作られました。夢の国とは反対に、dismal(憂鬱)な内容を詰め込まれた園内は、悪夢のような造形のアリエル、ネズミっぽい耳をつけたスタッフたちがため息をついて接客、といった刺激的なもので溢れていました。
また、ダミアン・ハーストやジェニー・ホルツァーといった著名な現代アーティスト、58人とコラボレーションしていることも人気に火をつけ、約5週間の開園期間で延べ15万人・35億円の売り上げを上げたそうです。
Dismalandの閉園後、建設に使われた資材のすべては、当時フランス北部のカレーにあった難民キャンプに送られ、難民のためのシェルター・仮設住宅建設に転用されました。
6. イスラエルとパレスチナ自治区の国境にホテルを建設!
どんどん活動のスケールが拡大していくバンクシー。2017年には、中東の火種、イスラエルとパレスチナ自治区の国境沿いに「Walled Off Hotel」というホテルを建設してしまいます。
イスラエルとパレスチナ自治区といえば、アメリカとロシアの代理戦争とも言われ、今なお緊迫した状態が続いている地域です。そこに建てられたこのホテルには、枕で叩き合うイスラエル兵とパレスチナ人の絵が、部屋の壁にシニカルに描かれています。
バンクシーはこのホテル以前の2007年にも、パレスチナとイスラエルを分断する高さ8メートル、全長450キロを超える巨大な壁に「ロバと兵士」を描いています。ロバ(パレスチナ人)の身分証を兵士が確認している絵で、バカやノロマなイメージのロバにされたパレスチナ人の一部からは反感を買った作品です。
そして、この作品は壁ごとあるタクシー運転手に盗まれてしまいます。その一連の経緯は、「バンクシーを盗んだ男」という映画に詳しく描かれています。これも映画にしてしまうんですね、バンクシー…。
壁を盗んだタクシー運転手はその価値も分からず、あるボスに従ってその壁を切り取っていたのですが、彼は結局何の報酬もなし。壁を売ったボスは、教会の修繕支援するために金を寄付したと言い張るが、とても優雅な暮らしをしています。壁を買ったコペンハーゲンの富豪は、汚されたり、破壊されたりするリスクから保護したと主張。その後、ロンドンのギャラリー、LAのオークションハウスへと壁は渡り、オークションハウスの倉庫に人の目に触れずに眠っています。
7. 結局、バンクシーは資本主義の味方なのか?
政治的メッセージを含む作品が多く、
2018年、「Girl With Balloon(風船と少女)」が、サザビーズのオークションにて落札直後にシュレッダーで裁断されたという事件が起きました。事件直後、バンクシー自身のインスタグラムで「いつかオークションに出されるときに備えて、数年前に額縁にこっそりシュレッダーを仕込んでおいた」という犯行声明の動画が公開されました。
オークションで落札されるなんてくだらない!というメッセージとも受け取れますが、
- 何年も前に額にシュレッダーを仕込んで、なぜ電池が切れないのか?
- オークション側は気づかなかったのか?
- 共同で仕込んだのではないか?
という反感が起きます。
反資本主義というポジジョンそのものが、彼のプロモーションなのか?
この作品のオリジナルは、2002年ロンドン市内の壁に描かれたものです。その後も、パレスチナ自治区の壁にも描かれたり、シリア難民支援のキャンペーン「#WithSyria」の画像として使われたりもしています。
シュレッダー裁断という話題性により、この作品の時価は落札価格の2倍に上がったともいわれており、「アートマーケットとは何か」という議論を喚起しています。この事件は、バンクシーの名を普段アートに関わらない層にも広く知らしめ、21世紀前半のアート界のポップスターとしての地位を不動のものとしました。
8. バンクシーは正義か悪か、その正体は?
バンクシーは匿名を通していますが、正体については諸説あり、
このようにバンクシーの素顔について憶測が飛び交うものの、
また、バンクシーは当初から一貫して、作品が高額で取引される現代アートの世界には批判的な態度を取っていますが、皮肉にも近年は落札価格が高騰しています。2017年の落札総額は約$670万だったのが、2018年は約$1,370万、2019年は約$2,450万、2020年は約$5572万と大幅に伸びています。
なお、先に挙げた、シュレッダーで裁断された事件で注目された「Girl With Balloon(風船と少女)」は、約1.4億円で落札されていました。正義か悪か、欲望を巻き込みながら、より大きな渦となっていくバンクシーの今後に、ますます注目です!