この記事は、“ビジネスは歴史的にその使命を終えている”と提言している山口周さんの書籍「ビジネスの未来」を紹介します。前編では、世界から物理的貧困がなくなりつつあること、企業はマーケティングによって必要以上の消費を促していることを解説しました。この後編では、成長を前提としたいまの資本主義と、今後目指すべき世界像について、簡単に紹介していきます。
1. GDPって数字、必要ですか?
GDP(国内総生産)は、学校で習いましたよね。GDPは100年ほど前のアメリカで、世界恐慌の影響を受けて、社会・経済の動向を全体として把握するために開発されたものです。これが大きい国は、それだけ経済の規模が大きく発展していると言われていますが、なぜ世界的にこの数字を使っているのでしょうか。
GDPの停滞が意味するものは何か
GDPを導入した当時のアメリカ大統領、ハーバード・フーバーは、世界恐慌からどれくらい回復したかの指標を探していました。そこで、米国議会は「アメリカはいまどれくらい多くのモノをつくることができるか」という調査を外部に依頼し、GDPの概念が生まれたのです。
このように、当時のアメリカとして測りたい数値のために、後から指標として導入されたGDP。現代において、これが停滞したからといって、いったい何なのでしょうか? という問いを、本書は投げかけます。
どれだけモノを作り出せたかで国力は測れない
どれくらい多くのモノをつくれるかは、世界恐慌の当時としては意味のある数値だったのかもしれません。しかし、先進国で物質的貧困が解決されてしまっている現代において、この数値を高く保つことは、“浪費や贅沢を促進し、モノをたくさん捨てることが美徳”とされる社会を生み出すことに繋がってしまいます。
“どれだけのモノを作り出せたのか”で、国力を測る時代はもう終わったのです。こう言われると、確かにと思うところはありますよね。それでは、GDPという目標指標がたいして意味がないと知った私たちは、何を目標に頑張ればよいのでしょうか。
2. クラウス・シュワブ氏の提言する「才能主義」

世界経済フォーラム(通称:ダボス会議)は、2021年の年次総会のテーマを「グレートリセット」 としました。このリセットの意味するところは、世界の経済システムを考え直す必要があるということ。会長のクラウス・シュワブ氏は以下のように、警笛を鳴らしています。
第二次世界大戦後から続くシステムは異なる立場の人たちを包み込めず、環境破壊も引き起こす、持続性に乏しいもので、もはや時代遅れとなった。
人々の幸福を中心とした経済に考え直すべきだ。ーークラウス・シュワブ
資本主義から、才能主義へ
さらに会見の際に、記者の「リセット後の資本主義はどうなりますか?」という質問に対して、シュワブ会長は、「もはや資本主義という言葉が適切ではない、金融緩和でマネーが溢れ、資本は意味が失われた。成功を導くのはイノベーションを起こす起業家精神で、「才能主義」と呼びたい」と答えました。「資本主義は、資本が無限に増殖するということを信じる一種の信仰で、現代は資本が過剰になり、増殖できなくなったため、この信仰はもはや維持できない」とも語っています。
数十年前まで銀行にお金を預けるだけで増えていたのは、社会が時間を経ることで上昇・成長・拡大するという期待があったからです。金利がゼロに近づいているということは、この上昇・成長・拡大の期待が日々薄れていることを意味しています。
今の経済システムは無限の成長を前提としており、それが永遠に続かないことを私たちはうすうす気づいていたりします。そしていま、資本主義の前提が崩れかけている世界に生きているのです。
経済以外に何を成長させるべきなのかという課題
経済発展のために、私たちがもっている個性や才能を投じるという考え方は、もう時代錯誤になりつつあると、本書は語ります。シュワブの言う「才能主義」とは、経済発展のみを目指すのではなく、私たちがより良く生きるための社会実現のために、才能や時間を投じるべきというアイデアです。“より良い社会とは何なのか”を真剣に考えることが、これからを生きる私たちの最初の課題ではないでしょうか。
そうしたときに問題となるのは、経済成長しないということではなく、経済以外の何を成長させれば良いか分からないという社会構想力の貧しさ。さらに言えば、経済成長しないと豊かに生きれないと信じる私たちの心の貧さです。私たちは“何のために生きるのか”という目標・価値観を新たに見つけることが、生きる意味とも言えるかもしれません。
3. 経済合理性では解決できない問題

ビジネスは需要が多く、費用がかからない問題から取り掛かります。裏を返せば、薄利な問題には誰も取り組まないということ。市場経済には“普遍性が低い、あるいは難易度が高い問題は未着手のままになる”という限界ラインがあるというのが本書の見解です。

社会的弱者はまだ取り残されている
前編で、「安全で快適に生きるための物質的基盤の整備はほぼ完了した」と書きましたが、ほぼといったのは取り残されている人たちが存在するからです。注意すべきは、世界規模でこの30年で生活満足度が上昇しているのは、元々平均以上に満足度を感じていた層が、より高い満足度を得るようになっただけということです。
そもそも生活満足度が低い層の値は、停滞してしまっているのです。高い満足度を得る人を大きく増やすことには成功したが、低い満足度の人を大きく減らすことは出来ていないのです。本書は以下のような数字を用いてこれを捕捉します。
国立社会保障・人口問題研究所による2017年の調査によれば、過去1年以内に経済的理由で食品を購入出来ず困窮した経験のある世帯は13.6%。
日本の子どもの貧困率はOECD諸国で最悪の数値で、相対的貧困率は1995年の10.9%が、2015年には13.9%に悪化。
罹患する人が少ない希少疾病も、普遍性の低い問題であり、利益が見込めないため、取り組む企業は現れません。こういった、市場原理から置き去りにされる人たちがいることが、資本主義最大の問題です。
4. 新しいゲームのはじまり
市場原理から置き去りにされた問題は、“そうせずにはいられない”という合理的とは思えない衝動で、己を突き動かす人によってしか解決できないというのが本書の答えです。これからの社会は、金銭的価値観を超えた、衝動に突き動かされて行動する必要があるということです。
しかし、物が溢れている現代人にとって、物質的な豊かさは行動原理にはならないし、仮に“誰かを助けたい!”と思っても、まずは自分の生活費がないと助けられませんよね。
衝動で行動するためのベーシックインカム
そこで社会には、衝動に突き動かされた人たちを守るためのベーシック・インカムのような、経済的セキュリティネットの実装の必要性もでてきます。
物質的欲求がほぼ満たされた現代において、“誰も置き去りにしない社会”の実現に向けて、衝動に身を任せる新しいゲームをはじめるフェーズに来ていると言えるのです。それを可能とする1つの仕組みとしてベージック・インカムは有効です。
私たちの次の使命は、「安全で便利な快適な(だけの)世界」から「真に豊かで生きるに値する世界」へと変容させること。「資本主義は終わった」という乱暴なことを本書は述べていませんが、新しいゲームに向けて、まずは「“真にやりたいコトを見つける”、“真に応援したい物事にお金を払う”といったことに、己の心を動かして取り組んでみる」ことを始めてみませんか?

出典:brain.co.jp
山口 周(やまぐち しゅう)
電通、ボストン・コンサルティング・グループ等を経て、独立研究者、著作家、パブリックスピーカーとして活躍。
『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』などの著書がある。