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写真の上から描かれた、風景に馴染む独特のペインティング。この作品の作者は、ゲルハルト・リヒター。独自のペインティング方法で「絵画の可能性」を追求し、常に批評を浴びながら注目を集めつづける現代アーティストです。
この記事では、彼の一貫したテーマであるシャイン(仮象 = 光)やドイツという国に生まれたこと、同時代のアーティストからの影響などを紹介します。
これを読めばリヒターについて、ざっくり網羅的に知ることができます!
1. ドイツを代表する芸術家・リヒター
ゲルハルト・リヒター(Gerhard Richter)は、1932年ドイツのドレスデン生まれ。2022年で90歳を迎えた、現役の現代アーティストです。20世紀後半における新欧州絵画の先駆者であり、世界から注目を集める「ドイツ最高峰の画家」と呼ばれています。
彼の作品は世界中の美術館に所蔵されており、有名なものとしてはケルン大聖堂の内部にドイツ政府からの依頼で制作したステンドグラス(2007年に完成)があります。
また、ドイツのライヒスターク(国会議事堂)の正面入口にも、ドイツの国旗をモチーフとした作品「黒、赤、金」が飾られているなど、多くの国家的なプロジェクトを手がけていることは、彼がドイツを代表する芸術家であることを表しています。2020年には、リヒターをモデルにした映画「ある画家の数奇な運命」が公開されことでも、話題になりました。
抽象表現主義からの影響
旧東ドイツ領に生まれたリヒターは、20歳からドレスデン芸術大学で美術の専門教育を受け、さらに西ドイツ旅行中に出会った“抽象表現主義”に強い影響を受けることとなります。
1959年、27歳のときにドクメンタ2(ドイツで5年に1度開かれる国際美術展の第2回)を訪れ、ポロックやフォンタナの作品に刺激を受け、西ドイツへの移住を決意。1961年、ベルリンの壁が建設される半年前に、29歳で西ドイツ・デュッセルドルフへ移住し、現在はケルンを拠点に活動しています。また、1960年代からアブストラクト・ペインティングやカラーチャート、何層にも重ねた色が響きあう抽象画など、一貫して絵画の本質を追求しながら様々な試みに挑戦し続け、独自の作風を展開しています。
特に、マルセル・デュシャンからの影響を強く受けるリヒターは、1962年に新聞写真を基にした「机」という作品の発表。それに際し、「かつて画家は外に出てデッサンした。われわれはシャッターを押すだけ。」とデュシャンを想起させることを語り、写真をキャンバスに描き出すという独自のスタイルを確立していきました。
2. リヒターの作風は、“スタイル・レス”
1964年、リヒターは32歳の時に、ミュンヘン、デュッセルドルフ、ベルリンで次々に個展を開催して以降、現在に至るまで目覚ましい活躍を見せています。作品制作のみならず、1971年39歳のときにはデュッセルドルフ芸術アカデミーで教授に就任し、1994年まで同校で教鞭を振るっていました。
また、現代アートの国際展にも数多く参加しており、1972年には西ドイツの代表として第36回ヴェネチア・ビエンナーレに参加、1997年の第47回では金獅子賞に輝きました。ドクメンタにも6回参加しており、1997年には日本の高松宮殿下記念世界文化賞を受賞しています。
この素晴らしい経歴の裏には、以下のような代表的な作品シリーズでの、精力的な制作活動があります。
ゲルハルト・リヒターの代表的な作品シリーズ
- アブストラクト・ペインティング:鮮烈な色を組み合わせる抽象画
- フォト・ペインティング:精密模写した写真のイメージをぼかす
- カラーチャート:カラーチップを配列した幾何学の絵画
- オイル・オン・フォト:スナップ写真の上に油彩やエナメルを配置
- グレイ・ペインティング:グレイ1色のみで描く絵画
- ミラー・ペインティング:ガラスや鏡といった反射素材で構成
- アトラス:自ら収集した写真素材の集積
リヒターは一人の画家としては異例なほどさまざまなスタイルを駆使し、一貫して「絵画の可能性」を追求してきました。また市場の評価も高く、2012年には、競売大手サザビーズがロンドンで行ったオークションで、エリック・クラプトンが所有していたリヒターの抽象画「Abstraktes Bild (809-4)」が約2,132万ポンド(約26億9,000万円)で落札されています。
この金額はその当時、生存する画家の作品としては史上最高額でした。リヒターの作風は「style-less(スタイル・レス)」と呼ばれるほど、手法やコンセプトが多様で、人物などの具象画からカラーチャートのような抽象画、伝統的なキャンバスを用いた平面から巨大なガラスを使った立体作品まで、留まることを知りません。
3. 代表的な7つの作品シリーズ
ここからは、先ほどの代表的な7つのシリーズを、より詳しく解説していきます。
「アブストラクト・ペインティング」シリーズ
リヒターの作品は世界中のコレクターやセレブに愛されていますが、中でも高い人気を誇るのが「アブストラクト・ペインティング」シリーズです。作品数が最も多いシリーズで、44歳の時の発表以来、40年以上にわたって制作されてきました。
1982年には同シリーズ群をドクメンタ7に出品。大きなスキージ(シルクスクリーンで使うゴムベラ)やキッチンナイフなど、時代によって常に新たな画材を用いながら、色彩や筆致による絵画的な画面を構成しているのが特徴です。
近年の大作《ビルケナウ》は、アウシュヴィッツ=ビルケナウ収容所で密かに撮られた4枚の写真イメージから描かれたという幅2m × 高さ2.6mの作品4点で構成される巨大な抽象画。ホロコーストを主題としたもので、リヒターを語る上で重要な作品です。
「フォト・ペインティング」シリーズ
「フォトペインティング」は、別名・写真投影法とも呼ばれています。
新聞や雑誌のスナップを模写した油彩画のシリーズで、オリジナルの写真を忠実に描きながら、輪郭を微妙にぼかすことによって、ぼやっとした不明瞭なイメージを浮かびあがらせています。絵画を制作する上での約束事や主観性を回避し、代わりに写真の客観性やありふれたモチーフを獲得。このシリーズの作品はリアルそのものではない、あくまでも“写真”としての像を鑑賞者に想起させます。
フォトリアリズム(スーパーリアリズム)の作品のように実写らしく描かれた絵画は、まるで現実のように見えてしまうものですが、ピンボケやブレを意図的に加えることで、“現実を写そうとした写真のような絵画”を生み出しているのです。
「オイル・オン・フォト」シリーズ
「オイル・オン・フォト」は、写真の上に油彩やエナメル重ねることで、具象を写すはずの写真を抽象的な絵画へと変換。ほとんど日付が作品名になっており、写真と絵具が混じり合うことなく、同一の平面上に並置されるこのシリーズは、小さいながらもリヒターの創作の核心を端的に提示しています。
リヒターの作品を支える根底にあるテーマのひとつに、“写真と絵画の境界の探求”があります。写真を用いた作品の中には、このシリーズのように、写真のような絵画をさらに写真に撮るといった、横断的で複雑な試みも行なっています。
「カラーチャート」シリーズ
1966年に初めて制作された「カラーチャート」シリーズは、さまざまな色のカラーチップをモザイクタイルのように並べたシリーズです。画材店にある色見本帳を基に、25色で構成された約50センチ四方の正方形のカラーチップ全196枚で、空間に合わせて異なる組み合わせで構成されます。このシリーズは1960〜70年代にかけて、集中的に制作されました。
リヒターは、「デュシャン以来、作られるものはレディメイドだけである」「デュシャンが登場して、絵画は死んだ」と語っており、市販されている既成の色見本帳と絵具からつくられたこのカラーチャートには、マルセル・デュシャンの「レディメイド(既製品)」の考えをオマージュしていると言えます。
この試みはケルン大聖堂のステンドグラスにも応用され、高さ22mの大画面に、約11,500枚の72色の正方形ガラスが敷き詰められました。配色にあたっては、主観的な判断を排除するため、色の配置はコンピュータの乱数発生装置を用いて精密に計算されています。
ゲルハルト・リヒター展が東京で開催!
国内では16年ぶり、東京では初となる、リヒターの大規模個展が2022年6月7日から10月2日まで、東京・竹橋の東京国立近代美術館で開催されました。画家自らが愛蔵してきた作品群を中心に、約110点を一堂に集め、60年にわたる作品を紹介する展示でした。
紹介が長くなってきたので、前編はここまで。残りの3シリーズは後編で。