5分で学ぶ、スノーピークの歴史【後編】(こんな本社が他にはない!)

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画像引用:https://www.snowpeak.co.jp/

この記事では、前編につづいて世界で人気のアウトドアブランド、スノーピークの歴史を紹介します。

1958年に「山井幸雄商店」として始まり、ユーザーとして欲しい登山道具、テントの開発や、オートキャンプブームとった時代の流れによって売り上げを伸ばしていったスノーピーク。

今回は社名を「スノーピーク」へ変更した、1996年以降のお話です。

 

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1. ユーザーの声にも耳を傾ける、スノーピークウェイ


社名を変更した1996年。

奇しくもこの年が、第二次キャンプブームの最盛期であり、スノーピークは名前を変えたその時にピークを迎えてしまうのでした。

翌年からは、恐ろしいスピードで市場が縮小。

キャンプ場の閉鎖が相次ぎ、アウトドア関連の雑誌もほとんどが廃刊する状況の中、スノーピークは再び苦しい時期を過ごすことになります。

6期連続減収に見舞われたスノーピークは、世間のキャンプ離れが進む中で、自らの存在意義自体を疑い出します。

追い詰められた社長・山井太は、藁にもすがる思いであること始めます。

それが、商品ユーザーの声を聞く、“スノーピークウェイ(Snow Peak Way)”というキャンプイベントです。

スノーピークウェイの開催風景 出典:https://www.snowpeak.co.jp/


ユーザーと一緒にキャンプをし、その中で山井は全く予想もしなかった声を聞くことに。

「スノーピークは、ものはいいけど高すぎる。」

「店に入っても、欲しいものが置いてないんだよね。」

商品自体は認められていましたが、値段高い、品揃えが悪いというのがユーザーの率直な感想でした。

山井は1年で70日ほどキャンプをしていて、どこでも夜しっかり眠られるタイプの人間でしたが、その日ばかりはあまり眠られなかったそうです。

 

2. 高品質で一生モノであれば、スノーピーク


そこから、ユーザーの生の声を聞いた山井は、流通を見直す大改革を実施していきます。

それまでのスノーピークは、全ての商品を問屋を通して販売店へ卸していました。

その時のテントの末端価格は、80,000円。

山井は、なんとこの問屋との取引を全廃します。

これにより、テントの値段を59,800円まで下げることができました。

スノーピーク エントリーパックTT SET-250H 出典:https://product.rakuten.co.jp/


また1,000店舗あった販売店を、正規特約店の250店舗にまで絞り、正規特約店の品ぞろえを充実させました。

さらに、これまで販売は店任せだったところを、正規特約店に社員を常駐させ、商品の良さをしっかり伝えられるように環境を配備。

ユーザーとの関係性を築いていったのです。

また、スノーピークがブランドとしての信頼を確立した理由に、アフターサービスの高さが大きく関わっています。

スノーピークは商品のほとんどを永久保証しており、良いものを長く捨てない = エコロジーの提案をしています。

そうして徐々に製品の価格が高くても、“高品質の一生モノであれば、スノーピークを買う”というユーザーが増えていくのでした。

スノーピークの焚き火台 出典:出典:https://www.snowpeak.co.jp

そこからスノーピークは、ステンレス製のマグカップや、地面にダメージを与えない焚き火台、手のひらサイズのバーナーなどユーザーの視点に立ち、これまでいなかった画期的な商品を作り続け大ヒット。

ユーザーの声に耳を傾けた結果、業績はついにV字回復。

売り上げは41億円までに急成長するのでした。

 

3. 本社とキャンプ場を併設した、ヘッドクウォーターズを設立


この出来事がきっかけで、スノーピークはスノーピークウェイを毎年開催し、ユーザーの声を聞く機会を設けています。

また、このスノーピークの大躍進を陰で支えたのは他でもない、地元新潟燕三条の町工場の技術のおかげでした。

山井は燕三条で昔から付き合いのある街工場に足を運び、自社では持っていない職人の技術で質の高いオンリーワン製品を一つ一つ作り上げていきました。

2011年には、スノーピークは新潟県三条市の山を買取。

本社とキャンプ場を併設した、ヘッドクォーターズ(Snow Peak Headquarters)を設立します。

Snow Peak Headquarters 出典:https://sbs.snowpeak.co.jp/


これには20億円以上が投資され、社内からも年商30億円程度の会社がこんなものを建てて大丈夫かと疑念の声が上がっていました。

しかし、近代的でカッコいい社屋にキャンプ場も併設。

この日本の企業らしくない決断が、功を奏します。

様々なメディアからの取材を始め、あのアップル社がわざわざ視察に訪れるほど、スノーピークのヘッドクォーターズは注目され、熱狂的でコアなファンを増やすことに成功します。

こんな本社を作れたのも、東京や大阪といった都会ではなく、新潟といった地域に根ざした企業であったからでした。

現在スノーピークは日本だけに留まらず、海外でもファンを増やし続けており、売上の20%がアメリカ・台湾・韓国といった海外の国々が占めています。

人間性の回復

スノーピークのコーポレートメッセージは、“人生に、野遊びを。”

新しいライフスタイルのあり方を捉えたシンプルなメッセージですね。

2020年3月には3代目社長として山井太の娘・山井梨沙さんが就任。

山井 梨沙(やまい りさ)出典:https://senken.co.jp/


元アパレルデザイナーの強みを活かし、「衣・食・住・働・遊」、人が生きる全てのライフステージに価値提供できるブランドとして拡大を続けています。

地球環境へ配慮といった企業の“誠実さ”が、業績を大きく左右するようになった世の中だからこそ、あるべき企業像をこれからも示してくれるでしょう。

 

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