出典:https://note.com/naoyahanaoka/
この写真のような、光に満ちた近未来的な空間を知っていますか?
空間の制作者はジェームズ・タレル。現代を代表する、光を用いる現代芸術家です。彼は1960年代後半から一貫して、光と知覚の関係をテーマに作品を制作してきました。
この記事では、彼の美学にとどまらず、知覚の機能そのものの可能性を探る、作品の特徴と信念を解説していきます。読んだあなたも、きっとタレルファンになりますよ。
1. タレルの光への関心とその原点
ジェームズ・タレルは、1943年アメリカ・ロサンゼルス生まれの現代アーティストです。
学生時代は知覚心理学と数学、美術史を学び、芸術修士号まで取得しています。若い頃から、様々な分野に精通していることが伺えます。
全体野(ガンツフェルト)体験
航空工学エンジニアであった父の影響で、早くから航空機飛行の経験を持っていたタレル。光への関心は、飛行中に周囲が均一な光に包まれ、空間を把握する手がかりがなくなる“全体野(ガンツフェルト)体験”の美しさを経験したことに由来します。
また、特定のシンボルや教会を持たず、上から光を取り込んだ空間で内なる神と出会う “クエーカー教徒” としての信仰体験も、タレルを光と知覚の探求へと促しました。
1966年から光を使った実験的な作品を制作し始めたタレルは、1968〜71年までNASAのギャレット航空研究所で心拍数やアルファ波の条件づけなどといった通常コントロールできない機能の研究や、観測衛星の窓のデザインなどに携わります。
私が本当にやりたいことは、人々を知覚の本質に対面させること、向き合わせることだ。私は、答えを用意しない。ただ問うだけだ。
ーージェームズ・タレル
これらの経験から、芸術家としての美学と未知のヴィジョンへの想像力とともに、科学者、心理学者の実証的態度も持ち合わせているのが彼の特徴です。
これまでに、ホイットニー美術館(ニューヨーク、1980)、パリ市立近代美術館(1983)、ニューヨーク近代美術館(1990)など世界各地で個展を開催しており、日本でも過去に埼玉県立近代美術館・世田谷美術館などで回顧展が開催されてきました。
2. タレルの主なプロジェクトを紹介
タレルの作品は、人工光を用いたものと、自然光を演出し知覚に作用するものの2つに大別できます。
両方に共通することは、光を物質のようにとらえ、三次元の絵画のように美しく私たちの知覚を錯誤させること。人工光を用いた作品では、光の線と色の壁が空間を創造し、これらの色が変化することで、鑑賞者の身体感覚を奪います。
パーセプチュアル・セル(知覚の小部屋)
その1つである、「パーセプチュアル・セル(知覚の小部屋)」と呼ばれる体験型装置は、眼の順応やガンフェルトによる空間色を背景に、視野全体に均質なストロボ光を微妙にプログラムされた周波数で点滅させる装置です。
この装置は鑑賞者の網膜に残像を残すとともに、網膜の神経細胞活動を作品に同期させ、複合的な相互作用を生み出すことで、光そのものの存在を知覚させます。
なかなか難しい説明になりましたが、光を空間として体験できる装置と思ってください。
一方、自然光を用いた作品は地下にあるものが多く、空から自然光が差し込み、鑑賞者はその作品の内部で自らの内面を見つめるような深い体験ができます。
スカイ・スペース
また、こうした自然光の環境下では、光の持つ神秘性がより顕著に現れてきます。その代表作である「スカイ・スペース」シリーズでは、天井の開口部から自然光が差し込み、天井の照明との対比によって、空が面として開口部まで下りてくるような新たな建築空間を生み出しています。
私の作品には、イメージというものがありません。
すでに存在する何かを表現することに興味がないからです。私が関心を持っているのは、内なるビジョンです。
内なるビジョンと現実世界、ふたつが交差する場所は、空に開かれた空間のメタファー、すなわち『スカイ・スペース』なのですジェームズ・タレル
タレルのライフワーク「ローデン・クレーター」
代表作をもう一つ。70年代以降からタレルのライフワークとなっているのが、米国アリゾナ州フラッグスタッフにある「ローデン・クレーター」です。
タレルはこの一帯を購入し、その地に住むホピ族の酋長ゲネ・セクワカプタワ(Gene Sequakaptawa)と手を組み、アリゾナの直径300mの火山口(クレーター)に15の部屋を現在進行形で掘っています。
これは、針穴写真機の原理を用いて、天空の光を取り込もうという壮大なプロジェクトです。
この巨大装置は建築家や天文学者、はたまたミュージシャンのカニエ・ウエストが1000万ドル(約10億円)の寄付を行うなど多くの賛同を得ながら現在ほぼ完成に近づいており、2019年時点で「5年以内の一般公開を目指す」としています。
3. 日本で体験できるタレル空間
最後に、日本でも体験できるタレル空間をいくつか紹介します。
金沢21世紀美術館(石川県)
この美術館には、「ブルー・プラネット・スカイ」(2004)、通称「タレルの部屋」としても親しまれている、真っ青な空が面で見られる「スカイ・スペース」の1つがあります。
また、「ガス・ワーク」という光に満ちた球体に入る装置(完全予約制)もあるので、併せて体験をおすすめします。
開館時間:展覧会ゾーン:10:00~18:00(金・土曜日は20:00まで)
交流ゾーン:9:00~22:00
休館日:月曜日
地中美術館(香川県)
この美術館には、補助光の抑制された地下の薄暗い部屋の角に青白い、六角形の形状の光をプロジェクションした「アフラム、ペール・ブルー」(1968)、青い光に満ちた部屋の「オープン・フィールド」(2000)、天井が正方形に切り取られた、壁面の真っ白い「オープン・スカイ」(2004)の3作品があります。
- 開館時間:3月1日 ~ 9月30日 10:00 ~ 18:00( 最終入館17:00 )
10月1日 ~ 2月末日 10:00 ~ 17:00( 最終入館16:00 ) - 休館日:月曜日
光の館(新潟県、十日町市)
タレルの作品に宿泊することができる世界で唯一の施設で、2000年の越後妻有トリエンナーレの際に作られた館です。
幻想的な光に体が包まれる作品は谷崎潤一郎の「陰翳礼讃(いんえいらいさん)」からインスパイアされたもので、見学のみの入館も可能となっています。
こちらには、和室の天井に開口のある「アウトサイド・イン」と、浴槽に入ると自分自身が光る「ライト・バス」があります。