人類がAIに負けない方法、知っていますか?
この記事では、ユヴァル・ノア・ハラリさんの「21Lessons」を紹介します。
ハラリさんのその他の著書「サピエンス全史」「ホモ・デウス」は、全世界2,000万部超えの大ヒットを記録。「サピエンス全史」では、人類が過去に歩んできた道のりを考察し、「ホモ・デウス」では人類がこれから進んでいく未来を予測しています。
本書は、いま人類が直面している課題について、21個のテーマを用いた考察です。
今回はその中から、主なトピックを取り上げていきます。私たちの進むべき未来を深く考察した名著、ぜひ最後まで読んでみてください。
1. イデオロギーをめぐる時代の変化
初めに取り上げるのは、イデオロギーをめぐる時代の変化について。
イデオロギーとは、社会思想や政治思想といった、人の行動を左右する根本的なものの考え方のこと。
1938年の第二次世界大戦前、人類には“ファシズム”、“共産主義”、“自由主義”という3つのイデオロギー(物語)が存在していたと著者は言います。
その後、第二次世界大勢の終結によって“ファシズム”(ナチスドイツ)が消滅し、物語は2つに。さらに、東西の冷戦が終わったあとには、“共産主義”(旧ソ連)が解体。最後に残った“自由主義”が、現代において唯一残ったイデオロギーとなりました。
しかし、2008年のリーマンショックに始まるグローバル金融危機の後には、政治不安・経済不安によりそれもなくなり、イデオロギーの選択肢がゼロになったのが現在の世界です。
イデオロギーの不在が喪失感を生む
リーマン以前のイデオロギーが1つしかない時は、すべてが明確で最も安心な状態でした。しかし、突然イデオロギーが1つもなくなると、世界はすべてが空虚だと感じるニヒリズムに陥る恐ろしい世界観に突入します。
そして、それを補うかのようにポピュリズム(大衆に迎合した政治)の蔓延が、2016年のイギリスのEU離脱や、アメリカのトランプ大統領の当選を導いたと言われていますが、これらはイデオロギーが消え去った、空虚な状態を象徴している出来事と言えます。
その背景にあるのは、私たちが日々感じている喪失感。もはや誰もこの情報過多の世の中を理解できない、取り付く島がない、どうしようもない。そんな世界で、自己決定権を感じられなくなった人々が、感情に従って自由主義の体制に反発した結果がこうした出来事が起きたのです。
2. 私より私をよく知るAI
誰も拡大する世界や情報を理解できません。今日の科学的進歩は、大半の人々が理解できるペースを超えています。
バイオテクノロジーやインターネットの発展を主導したのは、政治家ではなくエンジニアです。その道筋は、投票のような民主的な手続きで決められたわけではないので、私たちの社会がどこに向かっているのかは、もはや誰にも分かりません。
昨今のChatGPTを始めとしたAI技術の急速な発展に見られるように、残念ながら、科学的進歩も社会的変化も、人間の理解が追いつくまで待ってはくれません。
我々が理解できる範囲という意味で、人類に残された時間はそう多くないです。何もかもが分からないところで物事が決まり、起こっていく。そんな人類の未来は、“自由主義”に代わる新たな物語が描けるかにかかっているとハラリさんは言います。
次の物語をつくるのは何か?
次に来るのは“自由主義2.0”なのか、全く新しく作られる物語なのか。現時点では、まだ分かりません。
“新しい物語を作る”という、やや漠然とした話になってきたので、ここからは今後想定される事態ついて掘り下げます。
例えば、自分が何を求めているのか、自分にとって何が望ましいのかを一番よく理解しているのは自分自身だと思いますよね?
その考え方は、これまでは当たり前でした。しかし、ビッグデータやAIによって膨大な計算や分析が可能になり、自己へのアクセスは自分だけのものではなくなろうとしています。脳科学や生化学の進歩によって「自己の暗号」の解読、つまり人間の精神のハッキングが進められているのです。
GoogleやFacebookのビッグデータを使えば、自分がいま何を欲しているのか、他人のことをどう思っているのかなど、自ら自覚できる以上に詳しく知ることがほぼできるようになっています。
Facebookであなたが「いいね」している記事を数十個知るだけで、あなたの親友よりもあなたの思考を深く理解できるといったプロファイリングの結果はすでに出ています。
このように、自己がもはや膨大なデータネットワークの一部に還元されてしまうことを防ぐには、どうしたらよいのでしょうか。著者は、AIに解読しつくせない自己認識を作ることが鍵だと言います。
(自分の物語を生きるという内容は以下の記事でも取り上げました。)
3. 人類を存続させるための教育とは
強固な自己認識をつくる上で、重要になってくるもの。その答えは「教育」です。
人工知能が多くの仕事を奪うと予測されている中で、人間が人工知能よりも優位に立てる点はどこでしょうか?
それを考えようとすると、人類は史上初めて、私たちは子どもに教えるべき教育内容がわからない状態に陥るそうです。今年生まれた子どもたちは、20年後にどのような知識や能力を求められるのか、現時点でそれを見通せる人は誰ひとりとしていません。
21世紀半ばには変化のスピードの加速と、伸び続ける寿命によって、いまの教育モデルが時代遅れになります。また、世の中のステージが変化する度に、イデオロギーはバラバラに分断され、人生を通して一貫性をもって語れる物事はどんどん少なくなっていきます。
そうした世界では「私は何者なのか?」という問いが、これまで以上に切実でややこしいものになります。
暗記するだけの勉強ではAIに勝てない
ハラリさんは、暗記ベースの教育はすでに時代遅れだと主張します。
そもそも暗記でコンピューターに勝てる人間はいないし、今の子どもたちはすでに情報過多な状態。そんな世の中においては、情報理解する能力や、重要なものとそうでないものを見分ける能力、そして大量の情報の断片を結びつけて世の中の状況を幅広く捉える能力が必要になります。
フェイクニュースやポピュリズムといった、現代のニヒリズムを象徴するような現象も、原因は正確な情報が不足していることにあるのではなく、圧倒的な量の情報を仕分けることが難しくなっていることにあります。
情報の量に応じて加速している社会変化の速度に合わせ、今後は一人一人が自らを常に生まれ変わらなければいけません。これからは生涯学習が娯楽ではなく、生存に必要不可欠なものになっていくのです。
瞑想が人間性を保ってくれる
この本の最終章では、意外にも「瞑想」をテーマにしています。
本人以上に自分をよく知るAIに、私たちがハッキングされないためには、身体感覚を通して自分の心や意識を知るべきだとハラリさんは述べています。
あらゆる知識の分野で人類が AIに勝つことができなくなったとしても、人類が無用の存在にならないために。今のところ機械には持つことができないと思われている「自意識」にこそ、今後の人類の可能性を広げてくれるのです。
今回は「21Lessons」の中から主要なテーマを取り上げました。どの章もユーモアにあふれ、現代についてとてもわかりやすく書かれた本です。
よかったらぜひ本書を手にとってみてください。