『オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る』要約【天才が語る問題解決思考とは何か?】

man in blue crew neck t-shirt standing beside woman in orange tank top ハッとさせられる考え方・哲学

 

みなさんは、台湾の頭脳と呼ばれるオードリー・タンさんを知っていますか?

この記事では、「オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る」を紹介します。タンさんは、IQ180の天才と呼ばれ、台湾のデジタル担当大臣を務め、コロナ禍において近隣の店舗のマスク在庫を把握できるマスクマップの開発指導を行うなど、対応が絶賛されたことで日本のニュースでも取り上げられました。

本書は、8歳でプログラミングの学習を始めて以来、約30年間にわたりデジタルの世界に関わってきた彼女の、テクノロジーとの向き合い方について書かれた本です。テクノロジーがこれから世界をどう変えるのか、人間はテクノロジーとどう向き合い、活用していけばいいかについて教えてくれます。それではさっそく、中身をみていきましょう!

 

1. 人間がAIに使われるという心配は、杞憂にすぎない

woman in gray sweater seating on chair

 

社会のデジタル化・AI化が進むことで、私たちは多くの利益を享受すると同時に、ネット環境の広がりによって仕事のやり方も変わってきました。例えば、最近では新型コロナウイルスの感染防止のためにリモートワークする人増えましたよね。今ではリモートでも問題なく仕事ができることを、多くの人々が理解しています。もし、新型コロナウイルスの流行が20年前に起こったとしたら、ここまでリモートは広がらなかったでしょう。

一方で、自動化やAI化が発達しすぎると、自分たちの仕事が奪われるのではないかと心配する声もあります。そこでまずは今のAIのレベルを確認しておきましょう。

 

現状のAIは、小学校1~2年生のレベルに達しているので、これは赤信号、これは青信号といった初歩的なことは教えなくても理解するようになっています。

Googleが「これは横断歩道ですか?車ですか?と画像の答えを聞いてくるセキュリティチェックがありますが、これは私たちが正解を入力することで、セキュリティ機能のほかにGoogleのAIを育てる仕組みになっているのです。現在のAIは英単語や数字はすでに学んでしまっているので、簡単な文字列の入力のデータはいらないですが、どれが信号機ですか?という質問についてもほとんどデータの回収が終わってきています。

また、最近表示される画像が車や横断歩道など交通関連に偏っているのは、Googleが自動運転のために画像認識技術を向上させるためかもしれません。これにも最初は誰かが答えを入力する作業を行う必要がありますが、一過性のもので、ある程度コンピュータが学んでしまえば必要なくなります。そのため、“AIを育てる仕事”はサンプルの収集が終わることで、AIに奪われると言えるでしょう。

 

しかし、今ある仕事をAIがすべて代替できるかと言えば、そうではないです。どれだけAIが進化しても、最後に人の手で確認・記録をする作業がなくなることはありません。この“記録する”という作業は、非常に重要です。データ分析に際して、データを参照し最終的な決断をする場合、AI以前は基本的な作業から高度な作業まですべて人間がする必要がありました。それが今は基本的な作業にはAIに任せることができるようになってきています。

最終的な責任は、人間が取らなければならないことはこれからも変わりありません。例えば、本を出版するのなら編集作業は必要ですし、読者に提供する際に責任を負わなければいけないのは人間です。さらに編集が優秀な編集者かどうかは、1分間に何行読めるかではなく、多くの言葉の中から独自の視点で推敲し、文章全体に活力を感じさせることができるかどうかです。

 

こうした仕事は、AIにはどうすることもできません。段落ごとの使われている名詞や専門用語などをデータ化し、ラベルを貼ってグルーピングする作業が進んでいけば、将来的にAIにも優れた編集ができるようになる可能性はあります。ただしその場合であっても、最終的な編集の責任は人間にしかできないでしょう。

また、最近どんどんクオリティーが上がっている自動翻訳でさえも、詩や小説などの複雑な文体の作品は簡単に翻訳できません。人間が小説を外国語に翻訳するとき、翻訳者によって翻訳内容に少しずつ違いが出てくるため、翻訳はもう一度創作活動をしていることに等しいです。それをAIによって自動翻訳に任せるには、まだまだ難しいと言えます。

 

2. 大切なのは、あなたがAIを使って何をするのか

white robot action toy

 

結局のところ、AIはあくまでも人間の補助ツールであるという認識を持つことが大切です。これからは人間とAIが協力して作業する仕事のモデルが標準となっていくことが予想されます。

これは民主主義のシステムと同じと考えると、わかりやすいかもしれません。国会議員が答弁したからといって、それが毎回正しいとは限りません。もし間違ったことを発言すれば、私たちは彼らの間違いを指摘し、より良い意見を提案することができます。地位が高いからといって、彼らの言うことが絶対に正しいと鵜呑みにしてしまうのであれば民主主義である必要はありませんよね。それでは独裁政治と何ら変わらないです。

 

同様に、AIがすべて正しいと思い込むことは怖いです。AIの方がたくさんの情報を基に判断できるからといって、いつも人間よりも優れているとは限りません。そもそも人間とAIは比較するものですらないです。人間と自転車を比較して自転車の方が速いから、もう人間は必要なくなるとは誰も言いませんよね。大切なのは、あなたがAIを使って何をするのかだけです。

また2045年にシンギュラリティが到来し、AIの能力が人間の能力を上回るという説がありますが、ここで言うシンギュラリティとは、そもそも私たち人間がAIを開発しようとしたために生まれてきた考え方に他なりません。シンギュラリティについて考えるべきことは、AIが存在する今の状況で、いかにしてAIを活用するかです。AIは私たちをどの方向へ向かわせるかコントロールするものではなく、私たち自身がどの方向へ向かいたいかを再確認するための存在と言えます。

 

AIが人間を超えることが良いか悪いかを問うことは、現在の暮らしを向上させ続けた結果、地球温暖化によって生活方式を変えなくてはならなくなった後に、その良し悪しを判断するようなもので、現段階でそんな質問されても、的確な価値判断は誰にもできないです。大切ことは、そうならないために、今から何をすべきかじっくりと考えることです。

シンギュラリティの存在が私たちに与える示唆は、もし私たちが今の現代的な生活様式をし続けていきたいのであれば、現在発展してきている技術をこのまま開発し続けない方がいいかもしれないという事実です。それをまずは謙虚に受け止め、人類はどの方向に進みたい方向のために何が必要なのかを議論する方が先です。その結果、AIの開発はある程度でやめたほうがいいという結論が出るかもしれません。大切なのは、人類が進むべき道の議論です。

 

3. 興味や関心が見つからないのに、大学に進学しても意味はない

high-angle photography of group of people sitting at chairs

 

時代の流れは加速していく一方で、10年前には通用した価値観が通用しなくなることもあります。大学への進学に対する価値観もその1つです。台湾では学習指導要綱が改変された際に、高校卒業後に大学進学をせず、社会に出た後に再び何かを学びたいと思えば大学へ行く道にもどることできるようになりました。生涯学習というプロセスを考えると、いつでも大学に行くことができることが大切だと考えているのです。

実際、台湾の多くの18歳の若者たちは高校卒業のタイミングで、無理して進学する必要はないと思っています。ただし難しいのは、親が必ずしもそうした考えを共有していないということです。日本でも少なくともあと4年勉強してまずは学位を取るべきなんじゃないかという考えを常に持っていますよね。自分の周囲には似た価値観の人が集まりやすいので、その価値観がすべてではないと実感することは難しいです。常に自分の価値観と他人の価値観は違うことを意識しましょう。

 

著者は自分の方向性や問題意識が見つからない場合は、無理に大学に行っても何も役に立たないと言います。自分の興味や関心がどこにあるのかを探し出すことが先決です。これからの時代は生涯にわたる学習能力が重要になるので、さまざまな分野を学ぶことに楽しみを見いだすことができれば人生の幅はもっと広がるでしょう。

また、著者は現在の教育について、プログラミング言語とプログラミング思考を別々に考えるべきだと述べています。日本の小学校でも最近プログラミングの授業が始まりましたが、子供たちが自分の興味のある問題や公的な問題を解決する以外の目的でプログラミング言語を学ぶことは、外国語を学ぶときに辞書に載っている単語を完璧に暗記するようなものです。日常生活で使わないような単語を受験勉強で強制的に覚えさせられても全く役に立たないように、プログラミング言語を何の目的もなく学んでもそれを活かすのは難しいでしょう。

 

一方で、プログラミング思考を早い段階で学習することは大切だと著者は言います。プログラミング思考とは、一つの問題を複数の細かなステップに分解し、多くの人たちと共同で問題解決に挑むというプロセスを学ぶことです。最初から最後まで1人の力で解決方法を考えるやり方とはまったく異なる方法を学ぶことで、どんな分野でも通用する問題解決能力を手に入れることができます。

プログラミング思考というのは、純粋なプログラミングを書くための能力や思考ではありません。複数の人と共同で問題を解決するための基礎がプログラミング思考であり、デザイン思考やアート思考と呼ばれるものとの共通点です。大きな問題を一人で解決しようとするのではなく、みんなで考えれば、対処しなければいけない問題が大きすぎるとか手に負えないということにはならないのです。

 

台湾では中学生の段階でやや専門的なプログラミング過程を学びます。それに対して、小学生の段階ではプログラミングのための素養を育てる過程を重視しています。例えば、キーボードをタイピングできなくても使える、“スクラッチ”というやさしいプログラミングソフトがあります。

このソフトを使えば、音符の形をしたブロックをモニター上でドラッグアンドドロップするだけで、いろいろなメロディを演奏することができます。そのため、音楽の授業でこのプログラミングソフトを活用して、音楽の授業の中で実際に使ってみるといった、プログラミングの用語を強制的に覚えさせることとは全く異なる、友達やコンピュータと一緒にメロディを組み立てることで、自然とプログラミングの思考法を身につけられるのです。

 

4. AIと人間の関係は、ドラえもんとのび太の関係が望ましい

 

AIがいくら進化しても、人間にしかできない仕事があることは先に述べてきました。この人間にしかできない仕事とは、クリエイティブで創造的な仕事を想像している人も多いかもしれません。しかし、AIも人間が今まで考えもしなかったような、新しい発想を生み出すこともできるようになってきています。AIが生み出した新しい発想と人間の発想を組み合わせ、より良い発想をつくっていく。

これまで紹介してきたとおり、機会にできることは機械に任せ、自分はより良い価値を生み出すという考え方が大切です。人間が優れている、AIが優れているという考え方はやめ、協力し合ってよりよい社会を築いていくパートナーとしての生き方を考えていきましょう。単純な優劣で比べることで達成感を求めていたら、AIの方が10倍くらい優秀になるとあなたはそれを不快に思うでしょう。

しかし、公共の価値を生み出すことに喜びを感じるように自分を再定義できたなら、同じことをAIが10倍の結果を出せば10倍の公共価値が生まれたと思え、幸せを感じることができるようになります。私たちはそうした価値を重んじることが大切であり、競争原理にとらわれる必要はありません。

 

誰もが社会参加しやすい社会をつくるにはどうすればいいのだろうかと考える時にAIを活用し、社会にとっての利益を増やせる方向を目指していけば人間社会はより豊かなものになります。AIと人間の関係性は、ドラえもんとのび太くんだと思ってください。のび太くんにとってのドラえもんの役割は、やりたくないことを代わりに実行したり、何かを命令したりすることではありませんよね。ドラえもんの存在で、のび太くんの勉強や外出がいらなくなるわけではありません。のび太くんを成長させることが、ドラえもんの目的です。

また、ドラえもんはとても優秀なAIロボですが、のび太くんはドラえもんだけを頼っているわけでもありません。家族やクラスメイトなど、いろいろな場所で人との交流を図っています。ドラえもんとのび太くんのような関係は一つの好例であり、それを幼少期から見て学んでいる私たち日本人は、うまくAIと付き合っていく方法を自然と学んでいると言っていいでしょう。

 

今回紹介した「オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る」では、まだまだ紹介できていない未来への提言がたくさんあります。興味のある方はぜひ読んでみてください!

 

 

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