『悪について誰もが知るべき10の事実』要約【人間の本性】誰もが悪人になりうる本質と向き合う

gray glass frame ハッとさせられる考え方・哲学

 

いきなりですが、悪に共感はできますか?

この記事では、「悪について誰もが知るべき10の事実」という本を紹介します。

これまでにあなたがした最悪のこと、悪の行為を思い浮かべてみてください。恥ずかしい思いをした、自分の評価が下がったことです。不貞・盗み・嘘。あなたは、これまでどんな悪の行為をしてきたでしょうか? それを、周囲が心の中で気づいたとしましょう。すでに反省し、当事者間では解決した問題かもしれません。しかし、その問題に対して、周りの人は非難を続けます。あなたにレッテルを貼ります。理解できない悪人だと、離れていくかもしれません。

この時、あなたはどんな気持ちになるでしょう? 自分が罪を犯してしまった時の微妙な感情やさまざまな事情、問題が見えている。そしてそれを嘆き、いま後悔している自分も分かっている。そこまで攻めなくてもいいじゃないか、という感情になるかもしれません。もしくは、自分は心から反省しているのに、いつまでも批判する世の中を憎むでしょうか? しかしそれは、自分たちが他人に対してもしている行為です。この人物は信用できないとか、この人は危険だとか恐ろしい異常者だと言いふらし、理解できない悪だと決めつける。他人のことなると、誰もが結果だけに目を向けがちになるのです。

ここまでの話でわかるとおり、誰かを悪と決めつけてしまう行為は非常に危険です。本書はこれまで私たちが悪と決めつけて遠ざけてきたものは、理解できると主張しています。私たちは悪をよく話題にしながら、自分とは関係のないとレッテルを貼って忘れ去ってしまうものです。これを機に悪について、一度しっかり考えてみましょう!

 

1. 悪はありふれている

person in black knit cap and gray sweater

 

まず、ジェームス・ファロンという研究者のエピソードを紹介します。

ファロンは、サイコパスの殺人犯の脳を研究していました。サイコパスの脳は、両側前頭前皮質と右側扁桃体の脳活動に異常があることが知られており、その発見を理由にサイコパスが罪を犯す決定をしても、少なくとも責任の一部は脳にあると主張する人たちもいます。つまり、サイコパスの脳は健常な人と少し違い、その違いのせいで犯罪を行っているのではということです。ファロンは、多くの被験者の脳画像撮影を終えた後、明らかに病的な脳だと思われる1つの画像を手に取りました。しかし、その脳は殺人犯のものではありませんでした。

それはファロン自身の脳だったのです。ファロンは人を殺したこともレレイプしたこともないにも関わらず。

 

彼が母親に尋ねてみると、それまで秘密にされていたが、彼の家計には殺人を犯したらしい人物が少なくとも8人いることがわかったそうです。その情報を元に自分でさらに調査した結果、彼は自分が本当にサイコパスである可能性を受け入れたそうです。そして、自分自身を人に共感しづらいことはあるが、社会的に好ましい行動をする社会性のあるサイコパスだと呼びました。つまり、脳科学的にサイコパスな人がみんな同じというわけでも、サイコパスがみんな犯罪者になるわけでもないということです。多少の脳機能の違いで、社会規範を破りやすいかそうでないかの差異はあるけれど、それによって運命論的にあの人は脳の構造が普通と違うから将来絶対に犯罪を犯すという根拠にはならないのです。

邪悪な性格、邪悪な特質といったものはこの世に存在しないらしいです。歴史に残る悪の原形の一つであるヒトラーでさえ、神経学的分析の結果から言えば、おそらく私たちが信じたいほどには私たちと違わない人間に過ぎなかったと本書では書かれています。

 

ここで、もう一つ興味深いエピソードを紹介します。過誤記憶というものを知っていますか?

過誤記憶とは、起こっていないことを実際にあったかのように感じる記憶のことです。これは、自分によって作られる場合もあれば、他人によって作られてしまう場合もあります。記憶とは、ウィキぺディアのページのようなものであり、自由に書き換えることができます。本書の著者は過誤記憶を専門とする犯罪心理学者であることから、2017年の初めに刑務所から一通の手紙が届いたそうです。手紙からわかったのは、差出人は高齢の父親を刺し殺した罪で刑務所に居るということでした。一度ではなく50回刺していました。加害者は事件当時大学講師であり、前科はありませんでした。人を刺したと思えない彼はなぜ、父親を刺してしまったのでしょうか。

実は彼は刑務所にいるうちに、自分が父親を殺したのは過誤記憶のせいだと気づいたのでした。彼の主張は次のようなものです。アルコール依存症の治療中、原因の一つは子供時代の性的虐待歴だと教えられました。彼は虐待されていたに違いないとセラピストやソーシャルワーカーたちから繰り返し吹き込まれ、治療を受けながら高齢の父親の世話をも引き受けて疲れ果てていたそうです。ある夜、父親の世話をしていたとき突然すべての記憶がよみがえったと言います。怒りに駆られた彼は、恨みを晴らそうと殺してしまった。ところが収監された後、虐待などは実際にはなかったと気づき、事実ではない恐ろしい子ども時代を間違って信じ込まされていたことを思い出したのです。いま刑務所にいる彼は、自分の行いを否定してはいないが、自分自身の行動を受け入れられないでいるそうです。

彼は一時的にも、父親を邪悪な人間だと考えました。そのせいで、彼は恐ろしい罪を犯してしまいました。彼の話が真実であるなら、彼を邪悪な存在だと言い切れるでしょうか。

 

2. 悪のスイッチ

 

人間は生まれながらにして悪ではなく、誰もがいわゆる“悪”になる可能性を秘めている。もしかしたら、あなたが非難した悪人は、悪の行為をしても仕方がないような理由があったのかもしれない。本書では、人はどういった時に悪の行為をしてしまうのか、悪のスイッチとも呼ぶべきものについて解説しています。心理学者のマーティン・グアイマンとフィリップ・ジンバルドは、2011年に発表した論文の中で、脳の頭の領域が邪悪さと関連があるのかを立証しようとしました。そして、彼らは没個性化と非人間化という2つのプロセスが最も重要だと提言しています。

没個性化は、自分自身の匿名性に気づいた時に起こります。例えば、ハロウィンで普段だったら絶対しないのに、犯罪をしてしまう行為がこれに当たります。顔や名前を隠していなかったとしても、自分が大きな集団に属している一人だと強く感じる時に、この没個性化は起こります。一人ではいじめたりしないのに、集団でならいじめることができてしまうのはこのせいです。

非人間化は他の人を人間として見ることを止め、人間以下の存在と見なした時に起こります。例えば、“悪いやつら”や“犯罪者”といった呼び方をして、相手の人間性にレッテルを貼ってしまい、世の中には悪い人間ばかりの集団が存在し、彼等は自分達とは違う生き物だと決めつける。犯罪者集団とは違う自分たちは、正義の人たち、正しい判断を下す別の人間の集団と決めつけてしまうことにより起こります。

 

世の中を善人と悪人に分け、行為によって相手を非人間化し、相手の感情を考えないままレッテル貼りを行うことになります。また、この方法は過激な政治家がよく好む方法でもあります。特にヒトラーが好んだやり方が、この非人間化でした。さらに悪化すると、標的が悪い人の集団どころか人間ですすらなくなってくることは、ナチスドイツの行ってきたとおりです。

最近でも、アメリカのドナルド・トランプ大統領は、スピーチの中である箇所を朗読することで、この方法を使っていました。元々はオスカー・ブラウン・Jrが、1963年に書いた「蛇の歌」の歌詞です・その歌の前半は心優しい女性がけがをしたヘビを助け、後半で彼女が蛇を抱きかかえると、ヘビは彼女に獰猛なひと噛みを浴びせてしまうという歌詞です。トランプはこの物語を難民の危険性を伝える例えとして利用しました。このように、人以外で表現することで、人々は悪のスイッチを押され、簡単に難民を非難するようになります。このように仮想敵を過度に単純化して分類することは、人を引きつけるということもあり、政治の世界では繰り返し行われていることです。

 

このように悪のスイッチというのはありふれたものであり、私もあなたもいつ悪の行為に手を染めてしまうのかわからないのです。服従の心理としては、アイヒマン実験が有名です。

アイヒマンという人は、ナチスドイツにおいてユダヤ人虐殺計画を指揮した人です。しかし、このアイヒマンがあまりにも普通の人だったということが、当時の関係者に大きな衝撃を与えました。彼はただ命令に従っただけだと主張します。見るからに悪そうな悪の思考にとりつかれた人ではなく、普通の青年であるアイヒマンが大量虐殺を実行してしまったのです。与えられた仕事を行うべきかどうかという本質を疑うよりも、それをどう遂行すべきか思い悩むようなごく普通の男性、それがアイヒマンだったんです。

私たちも会社で指示されたことを、いちいち本当にこの指示は従うべきかどうかなんて考えたりしませんよね。私たちの誰もがアイヒマンの立場になることがあるということを、しっかりと認識する必要があります。

 

3. 私たちはどうすればいいのか

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ここまで、私たちとの間に悪の境界線はないことを説明してきました。それを知った上で、私たちは一体どうすればいいのでしょうか?人それぞれに事情があるから、悪の行為をすべて許してよいのでしょうか?

著者が提案するのは、悪に対する先入観と膨大な私的情報を取り除き、悪について情報に基づいた話し合いを始めることです。悪を抽象的で自分とは関係ない現象だと考えるのではなく、自分のこととして捉えることが何より大切です。悪というものは、絶対的に存在するものではありません。あくまで主観的なものです。世界の誰かは、あなたのことを悪だと考えています。

あなたはお肉を食べますでしょうか? あなたは銀行員でしょうか? あなたには婚外子がいるでしょうか? あなたにとって普通のことでも、他の人たちにはそうではなく、徹底的に非難される可能性があります。逆に、あなたが紛れもなく悪だと考えるものを、相手はそう捉えていないかもしれません。哲学者ニーチェの言葉を借りれば、“悪が生まれるのは、人が何かを悪と認識した時だけ”であり、瞬時にそれが生まれるように、人が認識を変えた途端に悪は消え去ります。ある人にとってのテロリストは、別の人にとっての自由の闘志です。

だからこそ、容易にあなたが思う“悪”にレッテルを貼ってはいけません。人間は本質的に善でも悪でもありません。既存の枠組みの外で考え、ルールを破るという不誠実さが、生産性の向上につながることもあります。現代医学、現代科学技術が発展したからこそ、同時に有毒化合物や核兵器も生まれました。大きな恩恵も大きな赤字も、同じ人間の性質から簡単に生まれてくるものなのです。ニーチェはこうも語っています。「私が思うに君ならどんな悪事でもできる、だからこそ君には善を行ってほしい。」ぜひこの言葉を胸に、これからの人生を生きていきましょう!

 

今回紹介した「悪について誰もが知るべき10の事実」について、より深く知り、考えたいという方はぜひ本書を手にとってみてください!

 

 

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