視覚と知覚を揺さぶる、オラファー・エリアソンの作品を解説【環境問題とスローフード】

アート・デザインの豆知識

《ビューティー(1993)》

降り注ぐ水滴に架かる虹。何とも幻想的ですよね。

この虹の作者はオラファー・エリアソンというデンマークのアーティストです。自然現象と機械装置を組み合わせ、鑑賞者の視覚を揺さぶる空間を現出させる作品で世界的に知られています。

日本でもコロナ禍の2020年夏に「オラファー・エリアソン ときに川は橋となる」展を開催するなど、国内においても注目度が高まっています。この記事では、彼のこれまでの作品や直近のプロジェクトなどを紹介していきます!

 

1. 自然現象を再現し、視覚と知覚に訴えかける

オラファー・エリアソン

 

デンマーク・コペンハーゲン生まれのオラファー・エリアソン(Olafur Eliasson)はアイスランド系の芸術家で、現在はコペンハーゲンとベルリンを拠点にしています。若い頃から注目を浴び、デンマーク王立美術アカデミー卒業直後から世界中の国際展に招かれています。

1990年代初めから、写真、彫刻、ドローイング、インスタレーション、デザイン、建築など、多岐にわたる表現活動を展開。独立装置型の作品も制作しますが、光・水・気温といった自然の要素を使い、鑑賞者の体験を高める空間の特性を生かした大規模なインスタレーションを得意としています。

 

スタジオ・オラファー・エリアソン

1995年、空間認知の研究所である“スタジオ・オラファー・エリアソン(Studio Olafur Eliasson)”をベルリンに設立。同年の第46回ヴェネチア・ビエンナーレに参加して以来、数多くの個展を開催し、世界各地でグループ展や国際展などに出展しています。

エリアソンは公共空間でも、多くのプロジェクトを残しています。その中には、1998〜2001年に複数の都市で行ったインターベンション《グリーン・リバー》、2007年にロンドンのサーペンタイン・ギャラリーに夏限定のパビリオンをノルウェーの建築家シェティル・トレーダル・トールセンと共同で設計した「サーペンタイン・ギャラリー・パビリオン」を制作。

2008年にはパブリックアート基金から依頼を受け、ニューヨーク市内のウォーターフロントに総制作費約17億円をかけて4基の人工滝をつくりだした《ニューヨーク・シティ・ウォーターフォールズ》を発表しました。

Copyright: Jacob Jørgensen, JJFilm, Denmark

 

オラファー・エリアソン 視覚と知覚

2009年には、人工滝の制作過程の密着取材に加え、ベルリンにあるスタジオの様子や金沢21世紀美術館で行われた個展「オラファー・エリアソン—あなたが出会うとき」(2009-10)の展示風景などを記録したドキュメンタリー映画「オラファー・エリアソン 視覚と知覚」を公開。

2016年にはヴェルサイユ宮殿にて個展を開催し、鏡と光を介した身体的経験によって鑑賞者の意識の変化を促しました。

また、彼はブレイクスルー賞(自然科学における国際的な学術賞)のトロフィーをデザインしています。その造形は環状体をかたどり、ブラックホールや銀河から貝殻やDNAのらせん構造にまで見られる自然の形状を想起させます。

教育現場では、2009〜2014までベルリン芸術大学の教授、2014年からはアディスアベバのアッレ美術デザイン学院(Alle School of Fine Arts and Design)の非常勤教授を務めています。

 

2. ウェザー・プロジェクト

《ウェザー・プロジェクト(2003)》

 

エリアソンを一躍有名にしたこのプロジェクトが、毎年ユニリーバの支援によってテート・モダン(ロンドン)のタービンホールで行われているインスタレーション企画のシリーズとして、2003年に人工の太陽と霧を出現させた個展「The Weather Project」です。

エリアソンは、タービン・ホールの壁に巨大な半円形のオレンジ色の照明装置を取り付け、天井一面に鏡を張りました。空問内には霧を発生させ、空間全体をオレンジ色に染め上げ、霧に浮かぶ巨大な沈まぬ太陽が文字通り鏡合わせの世界を照らしたのです。

 

視覚と世界認識の関係

鑑賞者たちは強力な光の中、天井に小さな黒い影のような自分達を見ます。光と影の交錯、光線のスペクトル分解、風や波によるイメージの揺らめき、不可視の現象の霧による可視化など、彼の作品が生み出す「効果」は、世界を眼差す私たちの「視覚」の様態、あるいはその限界と潜在的可能性を再認謹させます。

それは、作品と鑑賞者が位置している場、建造物、空間さらには環境へと私たちの意識を導きます。エリアソンの試みは、人の視覚と世界認識の関係を問いてきたヨーロッパの歴史と、まぎれもなくつながっていると言えます。

この作品の成功は、世界的に話題を呼びます。その他にもアートを介したサステナブルな世界の実現に向けた試みで、国際的に高い評価を得てきました。

 

溶ける氷河のシリーズ

《溶ける氷河のシリーズ 1999/2019》

エリアソンは幼少期に過ごしたアイスランドの自然現象を、長年撮影してきました。《溶ける氷河のシリーズ 1999/2019》(2019年)では、過去20年間の氷河の後退を鑑賞者に体感させます。

私たちと自然との複雑な関係をめぐる思考が反映された彼のインスタレーションは、周りの世界を知覚し、私たちが世界をともに制作する一員であることについて、ひとりひとりの気づきを与えます。

 

3. 食べることから地球環境を考える

Photo:Maria del Pilar Garcia Ayensa  出典:(C)Olafur Eliasson

 

スタジオ・オラファー・エリアソンの4階建てのスタジオでは、午後1時になると約120人のスタッフがいっぺんに2階のキッチンへと集まり、その場に居合わせたキュレーターや訪問者が、隔てなく昼食を共にします。

スタジオメンバーが一斉に食事を摂る様子は圧巻で、建築家やデザイナー、木工・金工のチームなど各フロアのメンバーが、食事とともに活発にコミュニケーションを行い、そこからアイデアや新しいプロジェクトが生まれることもあります。

そのメニューはコロナ禍で、ベジタリアンから完全ヴィーガンになったそうです。キッチンの方針が大きく変わったのは、 2005年。アーティストで料理人の岩間朝子とシェフのローレン・マウラーの2人が加わったことが大きいです。

 

シェ・パニースの思想

地産地消型レストランの先駆け「シェ・パニース」のアリス・ウォータースの思想からはじまり、専門家との意見交換を通じて、マクロビオティック、バイオダイナミックな農業などへの関心を高めるうちに、キッチンはベジタリアンへと進化していきました。

環境問題を意識した作品も制作するエリアソンへ 「アートが環境問題に対して何ができるのか?」と問うと、「アートは解決策を提示しない。できるのは人々に気づきを促すことだけだ。そして問題解決に向けた個々人の小さなアクションの意義を信じさせることだ」と答えたそうです。

ベジタリアンからヴィーガンへ Photo:Maria del Pilar Garcia Ayensa (C)Olafur Eliasson

 

徹底的な環境配慮

現在スタジオのキッチンを切り盛りするローレン曰く、野菜類は近郊のコミュニティ支援型農園から仕入れ、できるだけ成分分解可能な梱包で配送してもらっているとのこと。徹底的な環境配慮、スローフードの方針からはエリアソンの環境に対する眼差しがうかがえます。

2018年には、スタジオのベジタリアンレシピを紹介した料理書「スタジオ・オラファー・エリアソン キッチン」の日本語版が出版されています。

 

4. 近年はカタールの砂漠で大作を公開

《Shadows travelling on the sea of the day(2022)》

 

最新作《Shadows travelling on the sea of the day(2022)》の舞台は、中東・カタールの砂漠です。作品は、カタール最北部のアル・ズバラとアイン・ムハンマドの遺産群の外側の砂漠に設置されました。

20個の鏡面の円形とそれぞれを支える半円形の鉄骨構造の支持体などによって構成され、中央の10個の鏡面はイスラム文化の象徴的なシンボル五芒星のかたちで配列されています。

 

大地とつながる感覚

それぞれの鏡面は、ウェザー・プロジェクトの時と同様に、半円形の支持体をひとつの円形に映し出します。また、精密に計算された配置は、異なる半円形の支持体も隣接する鏡面にひとつの円形としてきれいに映し出され、相互接続するような連続性がつくり出されています。

鑑賞者は、鏡面の底を見上げると、砂漠の地面と自分自身を上から見下ろすような体験が得られ、上も下も砂に包まれ、大地とつながっているような感覚が生み出されています。

 

カタール・ミュージアムズの会長であるシェイカ・アル=マヤッサ・ビン・ハマド・ビン・ハリーファ・アル=サーニーはこの作品について、「カタールの住民や観光客がこの地域を訪れ、これらの新しいアート・インスタレーションを体験することで、カタールの自然の風景や歴史について学び、その文化の多様性をより深く理解することができるだろう」と語っています。

なお、カタール国内の公共空間には、ダミアン・ハーストやリチャード・セラ、草間彌生など世界的なアーティストの約40点のパブリック・アートが点在しており、2022年FIFAワールドカップに合わせて、さらに約40点の作品が新たにコミッションされ、同国全土で公開されています。

 

今後も注目したいスタジオの活動

「地球環境の急激かつ不可逆的な変化に直面している私たちは、今すぐ、生きるためのシステムをデザインし直し、未来を再設計しなくてはならない。」と語るエリアソン。

美術作品の制作に限定されず、日々、実験とリサーチ、コラボレーションによって、さまざまなアイデアやプロジェクトが開発されているスタジオ・オラファー・エリアソンの活動には、今後も注目していきたいですね!

 

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