時間の概念を知らずに生きる人がいたとしたら、その人たちについてどう思いますか?
劣っていると思いますか?
それとも時間に追われなくて羨ましいですか?
この記事では、時間の概念を持たないピダハン族を主な例として、私たちの生きる現在社会の時間について考えていきます。
彼らの生き方を知ることで、相対的に私たちの生きる社会がいかに成り立っているのかが見えてくるので、暮らしの振り返りとしてもとても意義があります。
それではさっそく、見ていきましょう!
1. 直線的時間概念に生きる現代
人間主義的地理学の権威、イーフー・トゥアンの論考をベースに、時間の概念が存在しない世界について探っていきましょう!
私たちにとって当たり前の時間の概念が、実は文化や環境によって大きく異なることを理解することは、世界観を広げる上で非常に重要です。
一般的に、人間は以下の二種類の時間概念を持っているとされています。
- 循環的時間概念:
太陽の昇沈や季節の変化など、繰り返される現象に基づく時間の認識です。昼夜、1日、1週間、1カ月、1年といった、循環していると認識される時間がこれに該当します。
- 直線的時間概念:
過去、現在、未来という一方向に進む時間の認識です。例えば、キリスト教世界における世界の創造から終末までの歴史観や、個人の誕生から死までの人生観などが、この概念に基づいています。
ピダハンの時間概念
私たちの暮らす現代においては、2つ目の直線的時間概念がよりしっくりきますよね。
しかし、驚くべきことに、世界には循環的時間概念も直線的時間概念も持たない民族が存在します。
その代表例が、ブラジルのアマゾン熱帯雨林の奥地に住む少数の狩猟採集民族、ピダハンです。
ピダハンの生活様式は、私たちが当たり前と思っている時間の概念が、実は文化や環境によって大きく異なることを教えてくれます。
詳しくみていきましょう!
2. 時間の概念が存在しない世界
ピダハンの生活を30年間調査した言語学者兼宣教師のダニエル・L・エヴェレットによると、彼らの生活は私たちの常識を覆すものでした。ざっくりその特徴をみていきましょう!
まず生活パターンをみると、
- 睡眠パターン:
昼夜に関係なく、15分〜2時間程度の短い睡眠を取ります。「昼だから起きる、夜だから寝る」という概念がありません。 - 活動時間:
深夜3時でも午後3時と同じように活動します。夜間の活動には懐中電灯を使用することもあります。 - 労働スケジュール:
完全なフレックスタイム制を実現しており、決まった労働時間や休息時間がありません。
といったように、同じ現代を生きる人間とは思えません。
直線的時間概念の欠如
さらに、ピダハンの行動パターンは、未来や過去という直線的時間概念が欠如しており、今を生きています。
- 食料の保存:
豊富に食料が取れても保存しない。保存技術(燻製や塩漬け)は持っているが、実践しない。 - 物の扱い方:
農具などの貴重品を粗雑に扱い、子供が新しい道具を川に投げ入れることも気にしない。 - 計画性の欠如:
「明日のため」という発想がなく、現在の状況に応じて行動を決定する。
過去に対する興味の薄さも、ピダハンの特徴です。
- 死者への態度:
死者に対して一時的な悲しみは示すが、すぐに日常に戻る。墓を川岸に作り、流されても気にしない。 - 個人の記憶:
個人を話題にすることが少ない。過去の人物や出来事を語る習慣がない。 - 歴史観の欠如:
遠い過去の出来事に興味を示さない。伝統や歴史的な知識の蓄積が少ない 。
これらの行動は、私たちの価値観からすると理解しがたいものです。しかし、ピダハンにとっては、これが自然な生活様式なのです。
時間概念と文化の関係
ピダハンの暮らしは私たちに、ストレスの少ない生活スタイルと「今」を最大限に生きる姿勢や、必要最小限の所有で満足し、モノに縛られない自由な生活を示しています。
時間に縛られすぎない生活の可能性や、異なる価値観を持つ社会の存在を認識することで、私たちに自身の生活や幸福のあり方について考え直すきっかけを与えてくれます。
しかし一方で、彼らの生活が理想的だというわけではありません。
技術の発展や知識の蓄積、長期的な計画が必要な場面では、時間概念の欠如が障害となる可能性もあります。
重要なのは、ピダハンの例を通じて私たち自身の時間に対する考え方を見直し、より豊かで柔軟な人生観を育むこと。
時間に縛られすぎず、かといって将来への準備も怠らない。そんなバランスの取れた生き方を模索する上で大変参考になります。
3. 熱帯雨林の環境が時間に与える影響
ここからは、周辺環境がいかにしてピダハンのような暮らしに影響を与えているかをみていきます。
ピダハンの暮らす熱帯雨林は、まるで巨大な階層建築のような構造をしています。最上層には50メートル級の巨木がそびえ立ち、その下には30メートル級の樹木が空を覆うように広がります。
さらにその下には20メートル、10メートル級の樹木が続き、最下層には草本が生い茂る。この多層構造が、熱帯雨林の最大の特徴です。
光の遮断と視界の制限
この重層的な構造は、地表に届く光を極端に制限します。
林冠部(木々の最上部)の光量を100%とすると、地表に届く光はわずか5%以下にまで減少。探検家のスタンレーが熱帯雨林を「地下牢」と表現したのも納得できます。
そしてこの暗さは、単に視界を制限するだけでなく、人間の時間認識にも大きな影響を及ぼします。
このような環境下では空を見上げる機会がほとんどないため、太陽や月、星といった天体の動きを観察することが困難になり、1日のサイクルや季節の変化といった、循環的な時間概念の形成を妨げます。
長期的な変化を観察する機会が少ないため、過去や未来という概念も希薄になりやすいのです。
4. 降水量と気温が時間に与える影響
さらに、降水量と気温も、ピダハンの時間概念に影響を与えています。
一般に、熱帯雨林は降水量が多いイメージですが、実際には彼らの住む内陸部の熱帯雨林では、海岸部ほど雨量は多くありません。
とはいえ、世界の年平均降水量の約2倍はあるため、決して乾燥しているわけではありません。
季節の概念の欠如
気温に関しては、年間を通じてほとんど変化がなく、四季のある日本の気候と大きく異なります。
日本の場合、四季の変化に伴い気温が大きく変動しますが、熱帯雨林気候の最も特徴的な点は、季節の概念がほとんど存在しないことです。
雨季と乾季はありますが、その差は微々たるものです。
つまり、1年を通じて気温も降水量もほぼ一定なのです。
この環境では、私たちが当たり前のように感じる季節の変化はなく、肌で感じる気温や湿度、目に見える景色も変化しないのです。
環境と文化の相互作用
ここまででお分かりのとおり、変化のない環境は時間の循環という概念の形成を阻害します。
暗い熱帯雨林への適応として、ピダハンの文化には時間概念が希薄化し、即時的な対応を重視し、長期的な計画や歴史の記録が少ない社会システムが発達しました。
また、言語においても、時間を表現する語彙が限られ、現在中心の構造が形成されています。
これらの特徴は、異なる環境下で、人間の認知システムがいかに柔軟に適応できるかを示しています。
環境が変化しないことで、このような時間概念が形成されるという事実は、私たちに時間の相対性を再認識させてくれます。
5. 時間と空間の密接な関係(ピグミーを例に)
ここまで、熱帯雨林気候が人間の時間概念に影響を与え、いわば「時間の概念を破壊する」とも言えるほどの力を持つことが分かりました。
では最後に、時間の概念がない世界でのモノの見え方について、みていきましょう!
私たちの言語使用を注意深く観察すると、空間と時間の概念が密接に結びついていることが分かります。
例えば、「近い未来」や「遠い昔」という表現は、空間的な距離感を時間に適用しています。
熱帯雨林の視界と遠近感
一方で、熱帯雨林のような暗く閉ざされた空間では、遠近感が発達しないという現象が生じます。
多くの人は「人間は元々遠近感を持っているはずだ」と思うかもしれません。しかし、実際に遠近感が発達しない事例が報告されています。
ここでは人類学者であるコリン・ターンブルによる、1960年代に熱帯雨林地帯であるコンゴ民主共和国のイツリの森でムブティ・ピグミー俗を調査したエピソードを紹介します。
ある時、ターンブルは若いピグミーを熱帯雨林から連れ出し、エドワード湖に連れて行きます。
エドワード湖はコンゴ民主共和国とウガンダの国境にある巨大な湖で、琵琶湖の3倍の面積。
湖の視界が完全に開けている中で、そのピグミーは遠くを指さしてターンブルに「あの虫は何て言うんだ?」と尋ねます。
しかし、実際に見えていたのは遠くの水辺を歩く水牛の群れであり、虫ではありませんでした。
つまり、大きなモノが遠くにあるために、小さく見えているという認識がなかったのです。
この出来事から、ターンブルはピグミーが距離によって物体の見かけの大きさが変わることを理解していない、つまり遠近感が発達していないことを発見しました。
遠近感の発達と時間概念
遠近感が発達するためには、広大な視界が必要です。
例えば、砂漠や草原などでは、遠くの物体が小さく見えるという経験が可能ですが、熱帯雨林では遠くを見通すことがないため、遠くに物体が小さく見えるという経験はほぼ皆無です。
結果として、距離によって物体の見かけの大きさが変化するという感覚が培われず、遠近感が発達しなかったのです。
この遠近感の欠如も、未来と過去の概念の発達に大きく関係していると考えられます。
例えば、広大な草原で遠くに見えた人がこちらに向かってくると、次第に近づいてきて大きく見えるようになりますよね。
この時、私たちは現在見えている人の姿の大きさを基準にして、遠くに小さく見えていた状態を過去と認識し、さらに時間が経過すればさらに大きく見えるだろうと未来を想像します。
物体の遠近による見かけの大きさの変化と物体の移動に伴う時間の経過を対応させることで、時間には過去・現在・未来という方向性が存在するという認識が生まれるのです。
熱帯雨林ではこの経験が乏しいため、直線的な時間概念が発達しない理由の1つと言えます。
ピダハンやピグミーの時間概念の特徴は、単なる文化的特異性ではなく、彼らを取り巻く環境への適応の結果です。
環境が変化しないことで、このような時間概念が形成されるという事実は、私たちに時間の相対性を再認識させてくれます。
また同時に、私たち自身の時間概念や生活リズムを見直す機会を与えてくれるのかもしれません。