ポップアートの代表者、ロイ・リキテンスタインの作品と魅力を解説【独自の技法と制作背景】

アート・デザインの豆知識

《絶望 (1963年)》

アメリカンコミックの1コマを拡大して切り抜いたような絵画。太い輪郭線と原色、細かなドットを用いた単純かつ強烈なインパクトを放つこの作品は、1960年代当時のアメリカではとても刺激的でした。

作者の名は、ロイ・リキテンスタイン。キャンベルスープ缶で有名なアンディ・ウォーホルと並ぶ、ポップアート界の代表アーティストです。この記事では、彼の作品の特徴や生い立ち、代表作を紹介します。

 

1. 生い立ちとスタイルの誕生

ロイ・リキテンスタイン 出典:https://commons.wikimedia.org/

 

ロイ・リキテンスタイン(Roy Lichtenstein)は1923年生まれのアメリカ・ニューヨークのアーティストで、1960年代にアンディ・ウォーホルらと共にアート界を牽引、ポップアートを代表する作家。

新聞連載に掲載される大衆漫画(コミック・ストリップ)の一コマを印刷インクのドッドも含めて拡大した皮肉的なパロディ絵画作品を多く残しています。

リキテンスタインはニューヨークの不動産ブローカーであった父・ミルトンと、母・ベアトリスのユダヤ人上流階級の家庭に生まれ、幼い頃から美術やデザインに興味を持っていました。

また、熱心なジャズファンであったこともあり、ハーレムにあるアポロ・シアターのコンサートに足繁く通い、演奏家たちのポートレートをよく描いていました。

 

高校卒業後の1940年、オハイオ州立大学美術大学に入学しますが、1943〜46年の3年間は、陸軍に入隊。語学、工学、パイロット養成などの訓練を受けましたが、結局は軍務員、製図員として活動することに。

兵役期間を経て、1949年に修士号を獲得。その後は同大学で講師と、下書きの制作や窓の装飾などさまざまな仕事を請け負いながら、キュビスムと表現主義の間を行き来するような表現や、抽象表現主義の作品を制作していました。

 

1954年、長男のデビッドが、1956年には次男のミッチェルが誕生。そんなある日、息子のためにミッキーマウスの漫画を模写した際、そこに絵画にはない強いインパクトと表現方法があることに気付きます。

そこから画風を一変。ミッキーマウスやバッグス・バニーといったカートゥーンのキャラクターイメージを抽象作品に取り入れるようになりました。

こうしてポップアートへの関心を徐々に高めていったリキテンスタインは、1961年に漫画のイメージと商業印刷から着想を得て、最初のポップ・ペインティングの制作を始めることになります。

そして、時を同じくして、大量生産・大量消費社会や大衆文化を表現するポップアートは1950年代半ばにイギリスで誕生し、1960年代のアメリカ・ニューヨークで全盛期を迎えていくことになります。

 

2. コミック・ストリップとアンディ・ウォーホル

《ルック・ミッキー(1961年)》 出典: https://www.wikiart.org/

 

リキテンスタインの1960年代初期の作品は、基本的に太い輪郭線と赤・青・黄と黒の原色を用いていますが、それがよく表れはじめた最初の作品は、《ルック・ミッキー (1961年) 》です。

これにも息子が関連していて、「きっとパパはあれほどうまく描けないよ」と言われたことがきっかけだそう。単純ですが、強烈な印象を与える色彩を油彩で表現している作品です。

 

また、この頃から1963年にかけては、戦争や恋愛をテーマとしたコミックを引用した作品を多く制作しています。当時の正統な美術とは対極にあるかのような、消費社会のチープで賑やかな広告のイメージは、一見アートにはそぐわないように思えます。

しかし、リキテンスタインはあえて凡庸な主題を選び、当時まだ抽象表現主義の精神的、概念的な風潮が根強かったアート界に挑戦したのです。

 

《Whaam! (1963年)》 出典:https://www.wikiart.org/

リキテンスタインがアメリカだけでなく、世界的に有名になり始めたのはこの頃で、戦闘機の爆撃シーンを作品にした《Whaam! (1963年) 》(日本語で言う「ドカーン!」の意味になるオノマトペ)は、イギリスのテート・ギャラリーの所蔵品となっている。

また、同時期に活躍していた作家の多くは作品と共に、狂った私生活などで大衆の関心を集めていましたが、リキテンスタインには派手な逸話が残っていません。そのため「正統派」で真面目なポップアート作家と言えます。そしてリキテンスタインと同じく、時代を牽引した代表作家にアンディ・ウォーホルがいます。

 

ウォーホルがリキテンスタインの完成度の高いコミック・ストリップ作品を見て競合を避けるために、コミックを主題とすることを諦め、《キャンベルスープの缶》を作ったことは有名な逸話。

ウォーホルがシルクスクリーンの技法を用いてイメージを大量生産したことに対して、リキテンスタインは量産される新聞などのマスメディアから、大衆文化である漫画を、一点ものの絵画に持ち込んで世界的に影響を与えました。

 

左:アンディ・ウォーホル 右:ロイ・リキテンスタイン 
出典:https://sketcheverybloodyday.wordpress.com/

 

3. リキテンスタインの代表作

《ナース(1964年)》 出典:https://www.wikiart.org/

 

リキテンスタインの作品の特徴は他にも、均一に配置した印刷インクのドットの大きさや密度で影を描写し、単純化されたモチーフを平面的に強調することが挙げられます。ここからは、それらの特徴が現れた代表作を紹介していきます。

 

《ポールを持つ少女 (1961年)》

《ボールを持つ少女(1961年)》

リキテンスタインは〈ボールを持つ少女〉のイメージを、ポコノ山脈にあるホテルの広告写真から取ってきました。漫画コマ割りに寄せて単純化された像により、少女の丸い口元は女性らしいというよりは人形のようで、プラスティックのビーチポールのように人工的なものとなっています。

ベンデイ法[一種の写真製版法]のドットを誇張し、配色を三原色に絞ることで、彼は機械による複製の限界をより強調しました。ドットは少女と同じくらい、この絵の主題になっています。

 

《溺れる少女 (1963年)》

《溺れる少女(1963年)》 出典:https://www.wikiart.org/

リキテンスタインは1963〜65年の間、アメリカンコミックやテレビドラマに登場する典型的なヒロインをテーマにした一連の作品を制作しています。大衆からの期待どおりにドラマティックに涙を流したり、微笑んだりする彼女たちの通俗的な感情を強烈に表現しています。

《溺れる少女》はその1つで、「ラブ・コミック」という恋愛漫画をモチーフとしたシリーズの中で「メロドラマの傑作」とも評されています。

 

 

《ヘアリボンの少女 (1965年)》

《ヘアリボンの少女(1965年)》 出典: https://ichigoichie.exblog.jp/

《ヘアリボンの少女》も、「ラブ・コミック」のシリーズの代表作の1つです。この作品は、東京都現代美術館が1995年の開館に合わせて、約6億円で購入したことで話題を呼びました。現在も同館に所蔵されているので、現地で鑑賞することができます。

 

《マスターピース (1962年)》

《マスターピース(1962年)》 出典:https://www.artpedia.asia/

リキテンスタインの作品は、1997年の四死後も人気は上がり続けています。《マスターピース》は、ある漫画のセリフを「この絵は傑作よ!近いうちにニューヨーク中があなたの作品を求めてくるわ!」に書き換え、本人の成功を予言したことで知られています。

刑事司法改革の資金調達のために、アートコレクターかつ慈善事業家であるアグネス・ガンドによって売却されたこの作品は、約180億円で落札されています。

 

《パウ・ワウ (1979年)》

《パウ・ワウ(1979年)》

60年代初頭に代名詞となった漫画のコマを拡大した作品を制作し、注目を浴びたリキテンスタインですが、長期的なキャリアのなかでは、絵画の他にも彫刻や版画作品、映画も手掛けています。

また、1970〜80年代にかけては、スタイルは緩み始め、パブロ・ピカソ、アンリ・マティス、フェルナン・レジェ、サルバドール・ダリから影響を受けるようになります。1970年代後半には、《パウ・ワウ》に見られるような、シュルレアリスム風の作品も多く残しています。

 

4. 批判にも屈しない不屈の表現者

出典:https://www.artmarketmonitor.com/

 

ポップアートの代表作家として、その名を残したロイ・リキテンスタイン。画風を変えた初期は、“漫画のコマを拡大したものにアートとしての価値があるか”と広く議論され、多くの批判を浴びましたが、彼は全く動じず、そのスタイルを一貫して制作し続けました。

リキテンスタイン自身は、「名目上はコピーであるが、実際はコピーしたものを別の言葉で表現し直している。そうすることで、オリジナルはまったく別の質感を得ることができる。それは太いとか細いといった単なる筆跡の違いではなく、点や平らな色、そして不屈の線である」話しています。

 

大衆文化である漫画を取り入れたことにより、アートの解釈の幅がより広がり、アートがより身近なものになった功績は、アート史において大きな転換点であったと言えます。技術力により、鮮やかな色彩と正確に配置されたドットで描く完成度の高い作品は、これからも私たちの心を掴んで離さないでしょう。

リキテンスタインが「何かの絵のように見えるのでなく、物そのもののように見える」と語ったように、物自体の側面が強調された作品は、アートの概念そのものを問い続けています。

 

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