名和晃平(なわこうへい)というアーティストを知っていますか?
過去にはフランス・ルーブル美術館のガラスのピラミッド内に作品《Throne》が展示されるなど、国際的に評価された、日本を代表するアーティストです。
また、自身を“素材マニア”だと豪語するほど、用いられる素材は最先端のものから身近なものまで多岐にわたり、作品は私たちに新しい認識や発見を与えてくれます。
この記事では、そんな名和さんの主な経歴や作品のコンセプトについて解説していきます。
名和作品の特徴を、サクッと確認してきましょう!
1. 鮮烈なデビューを飾った「PixCell」シリーズ
名和晃平(1975ー)は、京都市立芸術大学卒業後、京都を拠点に活動しているアーティスト・彫刻家です。彫刻といっても、彼の作品は一般的に想像する彫刻とはひと味違います。
人の感覚に接続する媒介として「ものの表皮」に着目し、セル(細胞・粒)という概念を基に、2002年に情報化時代を象徴する彫刻作品シリーズ「PixCell」を発表。
※PixCell: Pixel(画素)とCell(細胞) を合わせた造語。
動物の剥製に無数のガラスビーズで覆った作品は、剥製それ自体をいじらずに、ガラスのレンズを介して見ることで、目とオブジェクトの間に「拡大・縮小」の光学的なエフェクトをかけ、視覚的に曖昧なぼやけた物質へと変換したものです。
ビーズのレンズによって分解され、毛皮などの剥製の細部に気付くことができ、画角によっては線自体が消えます。
このシリーズについて名和さんは、彫刻の歴史のなかでソリッドなオブジェクトとして安定したものはたくさん生まれてきたことを背景に、「彫刻の考え方を変えたかった」と語っています。
今や世界は、画像に囲まれていますよね。私たちは画像を通じてコミュニケーションを取り、写真や画像を通じて世界を理解します。
また、人間の目もレンズでもあり、さらに誰もが自分の携帯電話にレンズを持ち、このレンズは地球上で増え続けています。
レンズ越しにみんなの視点が共有される時代だからこそ、まるで映像のように存在する彫刻を残す意味があるのではないかと思い付き、物体を透明な球体レンズで覆ったものが「Pixcell」なのです。
2. コロナ禍で作品の見え方も変わった「Rhythm」シリーズ
大小の球体 (セル) を組み合わせ、その配置や構成によって空間に律動(リズム)を与えるのが「Rhythm」シリーズです。
「PixCell」では、様々な大きさのクリスタルガラスにより、視線の流れと表皮に独特な奥行きを与えながら、視覚効果を増幅させていました。
一方の「Rhythm」では、「Pixcell」などのシリーズに通じる要素である「球体」を支持体のすべての表面にライトグレーのパイル (短繊維) を植毛し、ベルベット状に仕上げて均質化。
そこには大小の球体のリズムがあるだけで、それ以上のものはありません。
しかし、このポップでニュートラルな表現だったものが、コロナ禍においては、ウィルスにも見えてくる妙な感覚は、興味深いですよね。
ウィルスに見えることは、他人と視点を共有していると言ってもよいでしょう。人類史上、世界のすべての人が同時に同じイメージを恐れるのはこれが初めてではないでしょうか。
しかも、恐ろしいウィルスに見えるのは今だけかもしれません。数年後にはもっとポップでかわいく見えるかもしれないし、ウイルスを恐れている時期があったなぁと黄昏れることがあるかも。
「アートは時代を乗り越えるメディアであり、時代の人々の視点や感情が視点に反映され、次の時代には違って見えるかもしれないところが面白い」と、名和さんは語ります。
3. 異なる方法で描かれた線「Direction」と「Moment」
名和作品には、直線を描いたものも多くあります。一見同じ直線を描いているような作品も、その制作過程は面白いほど異なります。
「Direction」シリーズは、垂直に張ったキャンパスを傾け、重力に従い流れ落ちる絵の具で描かれた作品。モノクロームの反復が強いコントラストが生み出していますよね。
定規やマスキングテープ等を使わずに、機械的な線が引かれていく過程の映像も必見です。
↓こちらのリンクから制作の様子が見れます。
https://www.scaithebathhouse.com/ja/videos/behind_the_scenes_direction/
名和さんは「これは、いま僕たちがいる空間の中に既にある線だとも言える。物体が地面に向かって引き寄せられる現象、常に自分たちの身体が感じ続けている力が視覚的に表れた線です」と語っています。
一方の「Moment」シリーズは、粘度調整した絵具が入った固定されたタンクに一定の圧力をかけて、支持体(キャンバス)を移動させることで描かれています。
タンク内の空気圧を微妙に調整することで時折線が途切れ、線の粗密をコントロールすることで、画面に奥行きが生まれています。
また、レールの上に固定されたキャンバスの移動は人力で高速に行なっているそうで、公転軌道などの宇宙的な作品のイメージとのギャップが面白いです。
4. 名和晃平の制作現場「SANDWICH」と建築作品
ここまで紹介してきたような作品は、京都市・宇治川沿いにある、サンドイッチ工場をリノベーションして生まれた「SANDWICH」というアトリエで製作されています。
この施設では、アーティストやデザイナー、建築家など多様なジャンルの人たちが、現代アートに収まらないコラボレーションを日々行っているそうです。
また宿泊設備も備えており、定期的に国内外の若手クリエイターが滞在。
海外からのアーティスト・イン・レジデンスの受け入れを行うなど、京都というローカルな都市にあっても閉塞感を感じさせない、グローバルな展開を見せています。
禅と庭のミュージアム「洸庭」
- 広島県福山市にある禅寺である「神勝寺」。その境内に建つアートパビリオンが「洸庭(こうてい)」です。
- 伝統的なこけら葺きを応用して、柔らかく包んだ舟型の建物が、石のランドスケープの上に浮かびます。
- 物質感のある石の海を抜け、小さな入り口から舟のなかへ入ると、暗がりの奥には海原が広がり、静かに波立っています。
「F邸 | 犬島家プロジェクト」
ベネッセアートサイト直島の「家プロジェクト」のひとつとして、犬島につくられたのがF邸です。
妹島和世設計による民家をリノベーションしたもので、坪庭を含む空間全体を使用し「物質的な混沌よりうまれる新しい生のかたち」ビッグバンをコンセプトに制作した作品、「Biota (Fauna/Flora」が展示されています。
この作品は現地で見たことがあるのですが、壁を突き破らんばかりの勢いを持ったモコモコと躍動感のある物体が、爆発の中心から出現している様子は圧巻でした。
名和作品には、この他にもUVレーザーで刹那の残像を描く「Blue Seed」や、酸化した表面が皮のように剥がれていく「Black Field」などの興味深い作品が多くあります。
今後も作品を見られる機会はあると思うので、ぜひチェックしてみてください!