【5分で学ぶ】強烈な死生観!ダミアン・ハーストの魅力を解説(サメ, 牛, ひつじ, 蝶)

アート・デザインの豆知識

生者の心における死の物理的な不可能さ (1991) 出典:sniffingeurope

ダミアン・ハーストという名前を聞いたことありますか?

これは彼の代表作の一つで、サメをホルマリン漬けで保存した作品です(※ オリジナルのイタチザメは腐敗したため、2006年に交換)。

初めて見ると、“気持ち悪い” とか、“下品” といった印象を受けるかもしれません。しかし、彼ほど戦略的に現代アート界に作品を発表している人は他にいない!と言っても過言ではないほど、したたかで考え抜かれた制作背景があります。

死んだ動物をホルマリン漬けにする、“Natural History”という一連のシリーズは、彼の現代アーティストとしての地位を不動のものとしました。この記事では、ハーストの戦略的なアーティスト活動について、サクッと解説していきます!

 

1. アートとビジネスの間に生きるハースト

ダミアン・ハースト 出典:http://seachsearchsearch.blog.fc2.com/


ダミアン・ハースト(Damien Hirst, 1965年6月7日生まれ)はイギリスの現代アーティスト、実業家、コレクター。
ヤング・ブリティッシュ・アーティスト(YBAs)」の中心的な存在であり、1990年代のイギリス・アートシーンに最も貢献した人物です。

若干23歳にしてアート界にデビューし、“ハエとその餌としての牛の頭、電撃殺虫機で構成された箱” で、この世の生と死の縮図を表現した「一千年 (1990)」を発表するなど、今やイギリスで最も稼ぐ異才のアーティストとして知られています。

一千年 (1990)   出典:This is media

 

アーティスト本人がオークションへ出品

ハーストの芸術活動は、1990年代にコレクターのチャールズ・サーチ氏との密接な関わりにより発展してきました。しかし彼とは摩擦が生じ、2003年ごろから両者は疎遠になっています。

その後、2008年9月にハーストは、ビジネスとしてアート活動を行う芸術家として前例のない行動を取り、美術界を驚かせます。自身の作品を、ディーラーやギャラリーを通すことなく直接オークションにかけたのです。

ハーストは、複数の作品を直接サザビーズのオークションにかけて売買したのですが、そうした行為をした芸術家はサザビーズの歴史的において、はじめてのことでした。

 

The Golden Calf (2008) 出典:NY Times

 

本来、“作品の制作に集中し、売買は他者に任せる”、というかそうせざるを得ないアート界において、こうした行動が取れたのは、ハーストのビジネスマン、キュレーターとしても敏腕である側面があってのこと。

オークションの日は、奇しくもリーマン・ショック当日でした。にも関わらず、合計約144億ドル(約211億円)で作品は落札され、当時の現役芸術家史上、最高額落札総額を記録しました。

ハーストは「お金とアートの関係」について、以下のように語っています。

最初の頃はアートに金をつぎ込みながら、自分を騙しているんじゃないかと心配になることもあった。アートなんかより金のほうが重要なんじゃないか、と。

でもアートは世界で一番強い貨幣だと思う。

悪意や冷淡や不正が世間にははびこっているが、それでもまだアートがあり、人々はまだそれを買っている。アートは屈服させられていない。

ーーダミアン・ハースト(引用:美術手帖2012.07

 

2. ハースト作品の特徴

 

「死」は、ハーストの主要テーマです。
ホルマリン漬けされた動物(サメ、羊、牛など)や、ハエやチョウによって繰り広げられるライフサイクルなど、儚う存在を妥協なく探求することが、彼の作品の特徴です。

冒頭のサメの作品「生者の心における死の物理的な不可能さ」は、全長5.4m、23トンもあり、ケースの秩序だったラインとリズムが、ミニマリズムをイメージさせます。一方で、その中身のサメの死骸は有機的であり、鑑賞者に恐怖心を与えます。

生と死、宗教と医学、信仰と頽廃 ──

これらの “人類史に関わる壮大で深淵なテーマ” を統合しながら、どぎつくもキャッチーでポップな視覚的表現によって私たちを驚かせてくれます。

 

Aubade, Crown of Glory (2006) の細部 出典:Pinterest

また、ハエやチョウはハーストの初期の作品から頻繁に使用されているモチーフです。
例えば、このステンドグラスの窓(約2.4m × 3m)は何千もの色鮮やかな蝶で構成された作品です。

一貫したモチーフや「スポット・ペインティング」、「スピン・ペインティング」など、作品にシリーズ化されたものが多いのは、何度も表現することで説得力が増すからだと本人は語っています。

死から逃れたい一心で、人間が過剰な何かをつくり出す。洞窟を飾り立てるのと同じじゃないか?

飾り立てると決心したら、“何を使って飾り立てるか?”という問題になる。

アートとはつまりそういうもの。

ーーダミアン・ハースト(引用:美術手帖2012.07

若干何言ってるのか理解に苦しみますが、つまりそういうものです。。

 

3. 現代アートとしての要素が詰まったハースト作品

 

現代アートとは何か(著: 小崎哲哉、2008)」という本の中で、現代アーティストが作品を創作する動機には、以下の7つがあるとされています。

  1. 新しい視覚・感覚の追求
  2. メディウムと知覚の探求
  3. 制度への言及と意義
  4. アクチュアリティと政治
  5. 思想・哲学・科学・世界認識
  6. 私と世界・記憶・歴史・共同体
  7. エロス・タナトス・聖性


これを誤読を恐れずに数値化しながら鑑賞すると、アート読解の助けになるそうです。
これらの評価軸において、ハーストは全ての要素がほぼ満点で、現代アーティストとしては完璧に近いと言えます。

 

神の愛のために (For the Love of God (2007))  出典:bentley-skinner

これは、18世紀の男性の頭蓋骨を実物大にかたどり、その表面を8601個ものダイヤモンドで覆った豪華な作品です。ちなみに、歯だけは骸骨からの現物支給。

この作品についてハーストは、「ハエの作品と同じように “奇妙な生命が宿っている” 」と言っています。また制作段階では、自分に“死に対してお前が払える最高額はいくらか?”と問いながら作ったそう。

多くの人に、「手を抜いて、制作費を浮かせたほうがいい。」と言われたそうですが、鼻や口の中まで無傷なダイヤモンで埋め尽くし、妥協なく完璧を求めた結果です。

“生まれて、生きて、死んでいく” という人間の根本と対峙し続けている、それがダミアン・ハーストというアーティストです。

 

制作の様子がわかる動画

《The Currency》(通貨)は、ハーストが2021年7月に発表した初のNFT作品。A4サイズの1万枚の手描きの作品に偽造防止を施し、一つ一つにドットを押していく様子や、ひたすらサインを描く姿などがインタビューと合わせて収録されている。

 

2018年にNYのガゴシアン・ギャラリーで発表した「ヴェールペインティング(Veil Painting)」シリーズの制作風景。これは”色彩の幕=ヴェール(Veil)”が下りているように見える絵画で、「スポットペインティング」のドットからの派生と言えます。

19世紀のフランスの画家ジョルジュ・スーラの点描画からの影響もうかがえる。※このページでは再生できないので、上記のリンクかこちらからご視聴ください。

 

日本での大規模個展

 

六本木の国立新美術館で、日本初となるダミアン・ハーストの大規模個展「ダミアン・ハースト 桜」展が開催されました。

国立新美術館の空間にあわせてハーストが選んだ、24点の作品を展示。実物大の様々なシーンの桜が、東京の春を鮮やかに彩ります。

「抽象的かつ具体的に描けたら」とハーストが語るように、遠くから見ると1枚の切り取られた桜の絵画ですが、近くで見ると絵具の盛り上がりや重なり、滴りなどが様々見て取れます。

 


会期:2022年3月2日〜5月23日(会期終了)

会場:六本木・国立新美術館

 

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