建物の中にいるときに、光を意識しますか?
イルミネーションや花火などは、誰もがイメージしやすい“光の演出”かと思います。一方で、私たちが日々過ごしている建物にも、様々な細かな演出が施されています。
建物は四方を屋根と壁に囲まれているため、どこかに窓のような穴があるか、照明を使うかで光を採り入れることになります。その穴(開口)や照明の足し引の仕方によって、ただ明るい、見やすいといった機能を超えた空間の広がりやモノの質感といった感覚に訴えかける仕掛けも可能です。
この記事では、筆者が訪れた上質な光に包まれる建築の空間について、普段は見落としがちな光の演出事例を5つ解説していきます!
1. ホールを満たす拡散光!グッゲンハイム美術館
まずは、20世紀アメリカ建築界の巨匠、フランク・ロイド・ライト設計の「グッゲンハイム美術館」です。彼が唯一ニューヨークに作った作品で、竣工までに17年の歳月がかかり、その完成を見ることの出来なかった生涯最後の作品となっています。クリーム色のコンクリート壁面が螺旋状に立ち上がった展示空間は、一般的なキューブ型と違い、まるで回廊を散歩しているような気分にさせてくれます。
入館するとエレベータで最上階まで昇り、ゆっくりとスロープ状の螺旋を降りながら途切れることなく連続的に作品を鑑賞出来ます。2層のガラスで構成された中央のスカイライトは、外側のガラスにフィルムが貼られているため、異なる角度から入射した直射日光を拡散させ、ホールに安定した光をもたらしています。ホール全体に満ちた光は、人やモノにはっきりとした影を落とさせず、ぼんやりとした雰囲気に包まれます。また、ホールは上に向かって先つぼまりな形態をしているため、下から見上げるとスカイライトはより強調されて見えるようになっています。
一方で、作品の展示されている外周部には自然光と人工照明を併用することで光を集中させ、作品以外の鑑賞者や回廊内側の壁はシルエットとなります。こうすることで、対照的により一層特徴的な螺旋の構造を際立たせています。回廊は光沢感のある仕上げになっていて、鑑賞者の影や作品の色をよく反射することで回廊の空間に彩りを演出しています。
このようにグッゲンハイム美術館は、建物の形態と展示方法、空間演出が見事に調整された美術館と言えます。
2. 迫り来る光のグラデーション!ロンシャン礼拝堂
続いて、その力強く自由な造形で世界に衝撃を与えた「ロンシャン礼拝堂」です。設計は現代建築の巨匠、ル・コルビュジエ。建物は鉄筋コンクリート造とレンガ造で構成されています。飛行機の翼のような屋根が特徴的で、それを厚みをもった白い壁が持ち上げているのですが、屋根と壁の間に10cmほどの隙間を設けることで、内部から見た時に屋根に浮遊感を与えています。
南側のぶ厚い壁(上の写真右側)は最大厚さ3mにもなり、様々な大きさと角度をもったメガホン状の穴からステンドグラスを通して、反射した無数の拡散光が内部に注がれます。各穴は角度が違うため、太陽と雲の動きによって刻々と表情を変化させていきます。
屋根から飛び出た3つの塔からは横から入った直射日光を丸い頂部で折り返しながら下に反射させていて、ざらざらと凹凸のある壁が反射光に陰影を与えるので、視覚的には対照的な凸部分の白さが一層際立つ仕上げになっています。また、光井戸となっている塔部分の下に入ると、まるで光のシャワーを浴びているかのような気分にさせてくれます。
3. 新素材の可能性の探求!ウィーン中央郵便貯金局
「ウィーン中央郵便貯金局」は、オットー・ワーグナー設計で1912年に完成した今から100年以上前の建築です。しかし、その佇まいや内部空間は今でも十分にモダンで洗練されています。石積みが主流であった当時に鉄筋コンクリート造を採用し、石を外壁のパネルとして使っていることを強調するために、あえてアルミの鋲を装飾的に用いています。
エントランスホールでも、当時としてはまだ目新しかった“鉄”と“ガラス”をふんだんに使用しており、その上部には半透明のガラス屋根が乗っていることが特徴的です。このガラス天井、実は丸みを帯びた内天井の上に三角形の外屋根がかかっている二重構造になっています。
そして、その二重天井を通った自然光は、柔らかな拡散光として内部に降り注ぎます。ホールを歩くと、自分の影が周囲にほとんど落ちていないことに気づき、ふわふわと宙に浮いているのではと錯覚してしまう光の空間を体験できるのですが、これはガラスの二重天井によって指向性のない面光源となった天井が安定した光環境を作り出しているためです。さらにホールの床のガラスブロックは、ホール下の事務室へと光を浸透させていきます。
内装もアルミを使った装飾的な仕上がりになっており、見応えがあります。
4. 雲のような光のベール!ストックホルム市立図書館
「ストックホルム市立図書館」は、「森の墓地」で有名なグンナール・アスプルンド設計の公立図書館です。赤土色のシンメトリーな外観からは、内部の様子が全く分かりません。
建物正面から中心へ向かって歩を進めると、真っ暗な階段室を抜け、明るく開けた円筒状の空間に辿り着きます。まるで絵画のようなコントラストの美しいその空間は、一定の時間暗い空間に順応した後に移動することで、より一層鮮やかに感じられる工夫がされています。
この建築は写真では体験できない、光の明暗を駆使したシークエンスによる演出が素晴らしいです。光は天井付近のスリッド窓から降り注ぐにも関わらず、白い側壁は下のほうが明るく感じます(今は壁下部に照明が設置されているため、より明るくなっています)。
実は側壁の下半分は前に張り出すことで光源である窓に近づき、窓からの光を直接受ける正反射の位置関係になっているのです。さらに、反射率の低い木製の本棚付近の下部のほうが、輝度の対比でより輝いて見えるという仕掛けになっています。
5. 発電所が巨大な展示空間へ変貌!テート・モダン
テート・モダンは2000年に、ヘルツォーク&ド・ムーロンがロンドンの旧バンクサイド発電所を改築して誕生したコンバージョン美術館です。
この設計コンペの最終審査時、ヘルツォークほかレンゾ・ピアノ、OMA、安藤忠雄といった有名建築家が熾烈な争いを繰り広げる中、阪神淡路大震災が起こり、安藤忠雄は急遽結果を待たずして大阪へ飛んで帰ったため、結果が動いたという逸話があります。所蔵作品は、アンディー・ウォーホルやカンディンスキー、ジャクソン・ポロック、リキテンスタイン、ジャコメッティ、ダリ、デュシャン…アート好きには眉唾モノばかりです。
元々は火力発電所の心臓部にあたる、高さ35mの巨大なタービン室をそのままエントランスとして使用しているため、来館者は美術館に足を踏み入れた瞬間に巨大空間に出くわします。この誰もが圧倒されるエントランス部分は、さまざまなインスタレーションの場としても使用されており、2003年にはオラファー・エリアソンの手によって巨大な太陽が出現したこともあります。
東西に延びる建物の屋上部分には白く輝く“ライトビーム”と呼ばれるガラス張りの光の箱を増設し、レストランとしての機能のほかに、下階のギャラリー空間の採光も兼ねています。
2016年6月には、同じくヘルツォーク&ド・ムーロンによって設計された新館がオープンしています。「スイッチハウス」と呼ばれるこの新館は、ねじれたピラミッド型をした10階建てのタワーで、壁面は33万6千個のレンガに覆われており、その隙間からは、日中はそこから陽光が差し込んで建物内に模様が現れ、夜はその隙間から外に光が漏れ、建物が輝いて見えます。