【要約】レム・コールハースの「S,M,L,XL」(後編)ビッグネスとは何なのか?

aerial photo of city buildings わくわくするデザインの豆知識

 

レム・コールハースと彼の設計事務所(OMA)の20年間の活動の集大成「S,M,L,XL」。前編では、建てられるものだけが建築ではないという彼のアンビルドへの考え方や、一見大きさで分けられそうなS,M,L,XLの分類について、“S”と“M”までざっくり解説してきました。後編では、“Large = ビックネス”について解説していきます。

 

1. 「Large」 ビッグネスとは何なのか

aerial photography of Empire State building


コールハースは、「錯乱のニューヨーク (1978年)」におけるマンハッタンの摩天楼(超高層建築群)の分析に、ビッグネスの理論が潜在的に含まれていたと述べています。
そして、それを以下の「5つの定理」にまとめました。

  1. ある臨界量を超えると、建物は巨大なビルディングへと変貌する。
    もはやそれは、建築的操作によって制御することはできない。
  2. エレベーターなどの機械的手法によって、古典的な建築的な手法は無効化された。
    旧来の建築における「芸術」はビッグネスにおいて何の意味も持たない。
  3. ビッグネスでは、中身 (コア) と覆い (エンベロープ) の距離が広がることで、ファサードからは内部で起こっているのか表現できなくなる。
  4. サイズが巨大化するだけで、ビッグネスは善悪を超越した非道徳の域へと突入する。
  5. もはやビッグネスは、いかなる都市組織の一部でもない。

 

これらの「定理」は、一定の臨界量を超えた建物が旧来の建築的手法や美学・倫理観によって捉えられない存在(ビッグネス)であることを定義しています。一方で、コールハースのこの「ビッグネスの理論化」は、都市のような巨大な構造物を再び建築たらしめるためのものとも言えます。

ビッグネスはもはや都市を必要としない。

それは都市と競合する。それは都市を表現し、都市を占有する。

言ってしまえば、それは都市なのだ。

ーS,M,L,XL p.515

「ビッグネスはもはや、いかなる都市組織の一部でもない」という定理によって、新世界であるアメリカ・NYで見いだされたビッグネスは、都市から解放され、世界中に出現することとなります。日本においても例外なく、再開発によって生み出される高容積のビルは、ビッグネスの代表例といえるでしょう。

ここで注意すべきは、「ビッグネス」において、スタイル化した近代主義 (モダニズム) が巨大ビルにおいては無効(没個性)であることを暗に示していますが、それは近代からの脱却を意味していません。エレベーターや空調などの近代技術を前提としたビッグネスは、むしろ近代化 (モダニゼーション) から連綿と続く歴史の結果とも言えるものだからです。

 

2. 最も重要で、想像力を刺激する部分は不在として表現される

フランス国立図書館コンペ案の模型(『S,M,L,XL』p.660-661) 出典:https://artscape.jp/

OMAによるフランス国立図書館のコンペ案では、大容量の書庫を積載したフロアの反復により、意図的に退屈で、没個性的な空間がつくられていますその反復する空間を「地」とし、対して自由な形態をもった閲覧室としての“空洞 = ヴォイド”が「図」として描かれました。単純に見える巨大なキューブに、5つの図書館の性質に応じて、石ころや螺旋、ループ、交差、貝殻といった特殊な形のヴォイドが空けられたのです。

ポイントは、ヴォイドを描くためにはソリッド(塊)が必要であるという点。建てないことで建築をつくりだすためには、ヴォイドを空けるための「地」として巨大な量塊としての「ビックネス」の存在が必要となるのです。この案では、「基準プラン」のような大量生産的な反復、没個性を否定するのではなく、それがあるからこそ、ヴォイドの存在が光り輝いています。

 

3. ヴォイドの戦略

出典:https://artscape.jp/


ここまでで説明したコールハースの
「ヴォイドの戦略」は、古典的な美学の臨界点を超えた「ビッグネス」 がもたらした二つの状況(反復と没個性)を許容し、それらを超克していくものと言えます。また、ビッグネスにおける、ソリッドとヴォイドの対比関係は、

  • 没個性 vs 個性
  • 商業主義 vs 公共性
  • 一時性 vs 永続性

といった、多面的な意味が重ねられています。そして、ヴォイドの戦略はコールハースのライフ・ワークとして、現在でも進化し続けています。

 

ビッグネスの問題点

しかし、ビッグネスは万能ではありません。

「カールスルーエ・メディアテクノロジー・アート・センター(通称ZKM)」における構造と設備の考え方 「重力は相加的に働くので、柱の形態は理論的に円錐に近づく。柱は上階から累積された重力に対応するために、頂部がより細く、足下に向かって太くなる。」(Ibid.)

この考え方をビッグネスの基本的性質とすると、都合の悪い状況が生じるのです。建物が高くなればなるほど、より高い階の自重によって低層部の構造は巨大化し、最も空間の自由度を必要とする地上レベルにおいて平面のほとんどが構造体によって圧迫されてしまうのです。

また、もう1つの問題点が建築設備の肥大化です。建物の奥行が長くなればなるほど、空調・換気・照明などの設備(配管ルート)が増えるという明白な比例の関係をコールハースは指摘しました。

 

「建物の垂直方向への延伸は構造体を巨大化させ平面を圧迫する。さらに、水平方向の拡大により設備スペースが増え断面を圧迫する。これらは互いに負の相乗効果を生じる。

構造体によるこれらの圧迫を避けるには、柱の間隔を開ける必要があるが、そうすると建物の奥行が深くなり、設備スペースがさらに増大してしまう。

「建物が洗練されるほど、人が入ることのできないゾーンが膨れあがる…」。

ーS,M,L,XL p.664

これらの問題に対して、試行錯誤の中でコールハースは、「巨大な構造を必要とするなら、いっそさらに巨大化して、人が入れるほどの空間にしてしまえ!」という逆転の発想に至ります。そしてこのアイデアは、セシル・バルモンドとの協働により「フィーレンディールのコンセプト」と呼ばれる手法へと結実していくこととなります。

 

4. 束縛 / 自由の対比と共存

フィーレンディール梁をもつ構造体 出典:https://astamuse.com/

フィーレンディール梁とは、垂直なハシゴをそのまま横に倒したような梁のこと。一般的には、橋などに利用されます。

この梁を2つの壁の間に架け、強い構造とすることで、その梁下には無柱の自由空間が生まれます。また、一方で梁の中は、多数の柱のある特徴的な空間が。さらに、フィーレンディール梁を支持する2つの壁の中も空間化し、そこに設備(コア)を集中させることで、主要な空間における設備スペースを最小限に抑えることができます。

このフィーレンディールのコンセプトにおける巨大な梁内の空間と、構造がない梁の上下階の対比は、ソリッドとヴォイドの対比にも通じます。束縛 / 自由の対比や共存は、壁に囚われた内部で逆説的に自由を手に入れるコールハースの卒業設計「エクソダス」まで遡る、彼が長年取り組むテーマです。

現代的な状況を許容した上で、自由を模索すること。不自由すらも排除せず、包摂すること。スケールを横断し、コールハースの探究を続いています。

 

 

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