時空を超えた表現力!杉本博司の美術作品を解説(ジオラマ、劇場、海景から美術館運営まで)

アート・デザインの豆知識

画像引用:「フランクリン・パーク・シアター」(2015)  ©Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi

この記事では、様々な表現によって真実や本質を探究し続けるアーティスト、杉本博司(すぎもと ひろし)を特集します。

杉本さんは、2020年には森美術館のSTARS展にも参加し、国内外から高い評価を得ている日本を代表するアーティストの一人です。写真家としての印象が強いですが、その活動は写真や現代アートの枠組みを超えて、舞台芸術や建築、造園など年々変化・多様化しています。

それでは、杉本さんの作品の特徴や背景をみていきましょう!

 

1. 日本人としての背景を意識した抽象表現

杉本博司 出典:https://www.artagenda.jp/

 

杉本博司は、1948年東京生まれ、現在はニューヨーク在住です。1970年に立教大学経済学部を卒業し、その後渡米。ロサンゼルスのアート・センター・カレッジ・オブ・デザインにて、写真を学びます。

卒業後の1974年にはニューヨークに移住し、1970年代後半以降には代表的なシリーズである「ジオラマ」や「劇場」、「海景」といったモノクロ写真の作品シリーズを立て続けに発表。

当時のニューヨークのアートシーンは、極限の抽象表現によって、“抽象化された観念を眼に見えるようにするとどうなるか”という本質にたどり着こうとする、「ミニマル・アート」のムーブメントが拡大していました。

 

日本人としてのアイデンティティ

1960年代からは、世界的に活発になっていった“コンセプチュアル・アート”の影響を強く受け、作品そのものの視覚効果よりも、撮影技法やコンセプトといった哲学的表現に重きをおいた作品が増えていきます。

ミニマル・アートの作品例:ダン・フレイヴィンの蛍光灯で光そのものを表現した作品 出典:https://bijutsutecho.com/

また、アメリカでの生活を続けるうちに “日本人である” というアイデンティティの自覚を強めていきました。1970年代初頭のカリフォルニアで深めた仏教や禅への理解や、ニューヨークでの日本古美術店「MINGEI」の経営といった経験から得た知識や感性により、普遍的な視点を持った表現は、より一層豊かになっていきました。

 

2. リアルよりもリアルを再現した「ジオラマ」シリーズ

シロクマ(1976年) 出典:https://www.sugimotohiroshi.com/

 

この作品「シロクマ」は 、「ジオラマ」シリーズの初期に制作されたものです。ホッキョクグマがアザラシを捕食する、自然の摂理を表現したようなこの作品。

実は、ニューヨークにあるアメリカ自然史博物館にある剥製を撮影したものです。まるで奇跡の瞬間を撮影した、ナショナル・ジオグラフィックの写真のようなリアルさですよね。

杉本さんは、この“写真は現実のワンシーンを映し出すもの”という一般的な理解を逆手にとり、復元物である動物の剥製をあたかも現実であるかのように写し出して表現したのです。

 

ポートレートへの派生

ハイエナ・ジャッカル、ハゲタカ(1976年) 出典:https://media.thisisgallery.com/

この作品も「ジオラマ」シリーズの1つ。高い撮影技術によりリアルに撮影された剥製の動物たちの様子は、原初的な風景を見事に再現しています。また「ジオラマ」シリーズはその後、ロンドンのマダム・タッソーなどにある蝋人形を生き生きと蘇らせるような「ポートレイト」シリーズへと派生していきます。

 

ヘンリー8世

「ポートレート」シリーズは、まるで現代に実在する人物を撮影しているかのようなリアルさ。歴史上の人物が現代に蘇ったかような錯覚を、鑑賞者に与えます。

 

3. 長時間露光で時の流れを可視化した「劇場」シリーズ

U. A. Play House(1978) 出典:https://www.sugimotohiroshi.com/

 

「劇場」シリーズは、アメリカの古い映画館でスクリーンの正面にカメラを固定し、映画1本分の上映を長時間露光で撮影したものです。

長時間露光で撮影するということは、長時間あるいは強く輝くものが白く表現されます。まっ白に輝くスクリーンは、映画のスクリーンが長時間輝いていたことを表し、光と時間の流れそのものを象徴しています。

周りに浮かび上がる古い映画館の内装は、スクリーンの反射光を受けてほのかに浮かび上がり、その空間にそっと宿る歴史や古い記憶を感じさせます。

 

陰翳礼讃

ここで表現されている光や時間の流れ、歴史、記憶という抽象的なテーマは、杉本さんが一貫して物事の本質に迫ろうとする姿勢の表れです。

光と時間の蓄積を視覚化した「劇場」シリーズは、和蝋燭の灯火を長時間露光でとらえた「陰翳礼讃(いんえいらいさん)」へと派生しました。

 

「陰翳礼讃」は谷崎潤一郎のエッセイで、電灯がなかった時代の日本の美的感覚について論じたもの。西洋の文化では可能な限り部屋の隅々を明るくすることに努めるのに対して、日本ではむしろ陰翳(陰影)を認め、暗闇の中に見出す芸術を作り上げてきた美意識のことです。

In Praise of Shadow 980727(1998) 出典:https://www.sugimotohiroshi.com

 

杉本は蝋燭の火を長時間露光で撮影し、ゆらゆら揺れる炎の動きや時間の経過が象徴的に表現しました。また同時に、周りの深遠な陰影に目を向けると、この暗闇こそが光の美しさを引き立てるのに必要であることにも気づく。陰影を礼讃する日本人特有の美意識を自覚させるような、奥深い作品です。

 

4. いつの時代もそこにある風景を表現した「海景」シリーズ

カリブ海、ジャマイカ(1980年)  出典:https://www.sugimotohiroshi.com/

 

モノクロ写真シリーズの最後は「海景」です。たゆたう海と空のほかに何もない、ぼやけた水平線を写した作品です。杉本さんの、「古代人が見ていた風景を、現代人も見ることは可能なのだろうか」という問いから制作されたそうです。

時代を識別できるような具体的な対象(建物や船など)の映り込みをなくすことで、極限まで抽象化を実現。ミニマル・アートの哲学を、見事に表現した傑作です。作品のタイトルには、特定の場所の名前が付けられており、“時間軸を取り払った特定の場所の海の景色”として古代人が見た風景に迫っています。

 

時代を超えた風景

日本海 隠岐 V

この作品も「海景」シリーズです。タイトルにあるように、日本海に浮かぶ島根県の隠岐(おき)の島から見た海を撮影した作品です。隠岐の島は日本の歴史における“流刑”の島。

後鳥羽院が承久の乱で敗れた際、島流しにされたことは歴史の授業で習ったのではないでしょうか。後鳥羽院もこんな海の景色を見ていたかもしれないと思うと、ワクワクしますね。

シリーズものはこれらの他に、モダニズム建築をぼかして撮影した「建築」や、フィルムに意図的に静電気を走らせて脳内神経のような模様を焼きつけた「ライトニング・フィールド」があります。

 

5. 写真の枠を超え、舞台芸術、建築、造園も手がける

 

ここからは、写真作品だけではとらえきれない、杉本博司の多様な表現を紹介します。杉本さんは2001年以降、人形浄瑠璃文楽「杉本文楽 曾根崎心中」や、能などの日本の伝統的な舞台芸術の演出を手掛けています。

2009年には、「古典演劇から現代演劇までの伝承・普及、古美術品等の保存・公開、現代美術の振興発展に寄与」することを目的として小田原文化財団を設立しました。

 

江之浦測候所

江之浦測候所 (えのうらそっこうじょ) 出典:https://www.odawara-af.com/ja/enoura/)

2017年に “アートの原点に立ち返る場所” として、「江之浦測候所(えのうらそっこうじょ)」をオープン。構想に10年・建設に10年の歳月が費やされたそうです。

庭園には古墳時代から近世までの考古遺物や古材が使われ、冬至の朝陽を通すトンネルや夏至の朝陽が射し込む100mギャラリー、硝子舞台を配置。

素材選定や加工・仕上げ技術にこだわり、庭に配された礎石、階段、橋、門、宝塔、灯籠など、あらゆる存在の細部に宿る意味と歴史を最大限引き出した場所になっています。

“未来の遺跡になる場所”として設計されたこの施設は、1万年後という途方もなく長い時間軸で設計されています。

 

直島・家プロジェクト「護王神社」

護王神社 出典:https://apakaba.exblog.jp/

多くのアーティストが作品を残す瀬戸内海の直島では、2002年に家プロジェクト。その一環として、江戸時代から祀られている護王神社の改築設計を、杉本さんが手掛けました。

石室と本殿を、レンズやプリズムに用いる光学ガラスを原石のまま割り切った「光の階段」で結び、地下と地上が一つの世界を形成しています。石室内部へは山腹からトンネル(隧道)が掘られており、そこから海側を望む景色は神秘的です。

 

隧道から海側を望む(筆者撮影)

 

杉本さん設計のその他の施設としては、静岡県の熱海に「MOA美術館」、三島に「IZU PHOTO MUSEUM」があります。

今回の内容は以上です。非常に長い時間軸で事象をとらえ、写真、舞台芸術、古美術、建築、造園など多様な表現で物事の本質に迫ろうとする杉本博司の世界を感じてもらえていたら幸いです。

 

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