アニッシュ・カプーアの二元論的な作品を解説【べンタブラック、クラウド・ゲート、日本の作品】

アート・デザインの豆知識

《Shooting Into the Corner(角に向けて撃つ)(2008–09)》

大砲から放たれた、ドロドロとした血のように赤い、グロテスクな物体。

鮮やかでありながら、禍々しさも感じるこの作品の作者は、アニッシュ・カプーア。インド出身で、モダニズムと仏教やインド哲学といった東洋思想を融合させた作品で知られる、世界的な彫刻家です。

シンプルな造形と素材の選定により、知覚に働きかける独特な空間を提示。視覚や空間における問題を提起し、虚と実、物質と非物質といった、対立的な概念が共存する作品を多く発表しています。

この記事では、カプーアの制作背景と二元論的な代表作を解説します。ぜひ、楽しんでご覧ください!

 

1. インドからイギリスへ

アニッシュ・カプーア 出典:https://2019.reborn-art-fes.jp/

 

アニッシュ・カプーアは1954年、インド・ボンベイ生まれ。幼少期をインドで過ごし、1973年にはイギリスに移住、ホーンゼイ芸術大学、ロンドン芸術大学(Chelsea College of Arts)を卒業しています。

その後は、インドに一時帰国した際にヒンドゥー教と出会い、寺院などで目撃した色鮮やかな粉末を思わせる、顔料を使用した作品群の制作を開始。この頃の代表作としては、《千の名前(1979 − 80)》が挙げられます。

Anish Kapoor 《1000 Names》(1979 – 80)h. 76 x w. 76 x d. 38 cm Photo: © Anish Kapoor Courtesy of SCAI THE BATHHOUSE

 

1982年、ロンドンのリッソン・ギャラリーで初個展を開催。

1980年代の幾何学的な形体に顔料をまぶした立体作品は、抽象的でありながらも自然や詞情を見出せるもので、カプーアはアントニー・ゴームリー、トニー・クラッグらとともに、1980年代初頭のイギリス彫刻界を牽引した「ニュー・ブリティッシュ・スカルプチャー」を代表する作家に数えられます。

1990年には、ヴェネツィア・ビエンナーレに出展し、2000年賞を受賞。翌年1991年には、ターナー賞を受賞しました。

この頃から、石、アクリル、ファイバーグラスなどの素材を使いはじめ、様々な素材によって虚の空間を喚起させることで、作品に対峙する者に、物理的大きさを超えた広さと深さを認識させる作品を発表。

2003年には大英帝国勲章CBEを受賞し、イギリスのみならず世界から評価されるアーティストとしての地位を確立していきました。

 

テート・モダンでのセシル・パルモンドとの協働

《マルシュアス(2002)》

2002年には、構造設計家のセシル・パルモンドの協力を得て、ロンドンのテート・モダンで展示された巨大朝顔のような形の大作《マルシュアス》を発表します。

複雑な徴式を想起させるチューブ状の形体を、人間の認識能力を超えたスケールでつくりあげた空間は、キュレーターのジェルマーノ・チェラント曰く、“宇宙の絶え間ないメタモルフォーシス(変容)”の一瞬を垣間見せてくれるものであるとの高い評価を得ています。

その他にも、パリのグラン・パレで披露された、旧約聖書に登場する巨大な海獣をモチーフにした作品《リヴァイアサン(2011)》など、鑑賞者が1対1で対峙できる作品から、近くから見るだけでは全容が把握できないスケールの大きい作品まで多数手がけている。

 

シンプルな形でありながら、様々な素材を作品に取り入れる多彩な表現は、鑑賞者に視覚的、空間的に問題提起をします。

カプーアの作品の主題は“虚と実”、“物質と非物質”といった二元論的なものを含み、その根源には仏教やヒンドゥー教、インド哲学、東洋思想などがあります。

《Taratantara (2000)》 Italy

 

2. クラウド・ゲート

《クラウド・ゲート(2006)》

《クラウド・ゲート》は、2006年に2年の歳月をかけて完成した、シカゴのAT&Tプラザにあるミレニアム・パークに設置されている巨大な彫刻のパブリックアート。

曲面に光が反射し、景色などが映り込むステンレスの作品で、恒久的なものとして、カプーアの最も有名な作品の1つです。豆のような形から「The bean」の愛称で呼ばれていましたが、後にカプーア本人がクラウド・ゲートと名付けました。

液体水銀に着想を得ており、何度も磨き上げられた継ぎ目のないステンレスの表面はシカゴのビル群を映し出します。

また、大きさ10m×20m×13m、重さ110トンもある作品の中央部には「オロンパス」と呼ばれる穴(くぼみ)があり、作品を通り抜けることで、鏡面に映し出される情景の移ろいと、像の歪みを楽しむことができます。

 

実現は不可能と思われていた

この作品のアイデアは当初、実現は不可能に近いと考えられており、完成には大幅な遅れが生じました。実際、制作するまでステンレスの厚さがどの程度必要か予測することが非常に困難で、結局、予定していた倍以上の100トン近い量になったそうです。

また、作品の表面を磨くプロセスは5段階に分かれており、溶接の継ぎ目の除去〜ベンガラを使用したバフがけまで気が遠くなる作業をしています。磨きにくい部分には、登山用の器具を使って体を移動させながら研磨作業を行い、完成させたそうです。

クラウド・ゲートは、カプーアのキャリアの変容を表す象徴的作品であり、過去の作品からの連続性と、複雑な鏡面を持つ作品であるため、最も野心的なものと評されています。

作品に反射する空、人、建物などは、どの瞬間も同じときはなく、鑑賞者の作品理解は常に部分的であると言えます。

 

3. スカイ・ミラー

Anish Kapoor《Sky Mirror》2006 Photo: Tim Mitchell © Anish Kapoor Courtesy of SCAI THE BATHHOUSE

 

《スカイミラー》もステンレス製の彫刻シリーズで、2001年にイギリスのノッティンガムに設置された、直径5mのパブリック・アート。凹面状の表面は、空の変化を映し続けます。

この作品も構想から実現までには6年、工事費は900,000ポンド(1.3億円以上)にも上り、当時、英国国営宝くじが資金提供した中で、最も高い金額となっています。

ノッティンガムでの設置後も、ニューヨークのロックフェラーセンター、オランダのティルブルフ(デ・ポント現代美術館)、ポルトガルのポルト(セラルヴェス現代美術館)、2010年にはロンドンで2ヶ所目となるケンジントン公園に設置されるなど、世界各国の様々な場所にこの作品は設置されています。

日本では「アニッシュ・カプーア IN 別府」(2018年、大分県別府市)にて初公開されています。

 

環境によってサイズは異なる

様々な場所に設置されたミラーは、環境に合わせ最適なサイズにデザインされており、それぞれの場所でわずかに寸法が違います。鑑賞者は地表にいながら空を見下ろし、空が地面に落ちてきたかのように感じ、知覚の歪んだ不思議な感覚へと引き込まれます。

この作品も過去の作品と同様、二元論的テーマが存在しており、「“見るもの“が”見られるもの“の一部となる」という本来交わらないはずの対立要素が循環する作品です。

単純な形からは想像もつかない、空を地上へと引き込む世界観には、物理的現象を超えた思想が存在しているのです。カプーアはこの作品について、次のように述べています。

何か美しいものを作ることができないのと同じように、精神的なものも作ることはできない。ただ、そこにある物を認識することしかできないのである。

また、ミラーの背面は正面同様、非常によく磨き上げられており、正面で空、背面で地表を映し出し、対象的な像を映し出します。空を映すことに気を取られがちですが、すべての角度から楽しむことができる作品になっています。

 

4. 飽くなき素材の探究

Symphony for a Beloved Sun(2013)
Photograph: Dave Morgan
©Anish Kapoor. All rights reserved SIAE, 2021

 

極限まで磨かれた巨大な彫刻といった、ある種の完全性に惹かれていたカプーアは、一方で近年では、その反動とも言える作品を発表して話題を呼んでいます。

《私の赤い故郷(2003)》や《スヴァヤンブー(自ら生成した糞)(2007/2009)》といった作品では、ワセリンとワックスと赤い塗料を混ぜ、血液が肉化したようなグロテスクな素材をつくり、20トンを超える巨大な塊(実体)として用いています。

建築物の中をゆっくりと動きながら、形を生み、そして消し去るという行為を繰り返し続ける。鑑賞者はそこに、永劫回帰(ニーチェ)の光景すら見て取れます。

 

また、カプーアはかねてより“Void(虚空)”の概念を、色、光、知覚、空間といった諸要素との造形的実践において探求し続けてきました。

2016年には、99.965%の光を吸収する「地上で最も黒い黒」ベンタブラック(Vantablack)の芸術的用途における権利を取得し、芸術に置ける構想を重ねるなど、ある種研究者のような一面も。

現在イタリア、ベニスでは、アカデミア美術館とパラッツォ・マンフリン両会場で英国人アーティストとしては初となる大規模回顧展が開催中だ。自身のキャリアを総括する重要な作品群とともに、同素材を使用した新プロジェクトが初公開されています。

 

ロンドンオリンピックの記念モニュメントを担当

《アルセロール・ミッタル・オービット(2012)》 Photo: Steve Vidler/Aflo

2012年には、ロンドンオリンピックの記念モニュメントとして、螺旋状の鉄の塔《Orbit》を制作。これは、ロンドンのクイーン・エリザベス・オリンピック・パークにある、高さ114.5メートルの展望塔で、イギリス最大のパブリック・アートで、セシル・バルモンドとの協働によって制作されました。

建設に使用された鉄のうちの60%は、洗濯機や中古車などの廃材をリサイクルしたもので、塔には世界最長のトンネル型の滑り台と、2台の展望台があります。また、こうした実績が評価され、2013年にはカプーアの文化貢献に対して、英国王室よりナイトの称号を授与されています。

 

5. 日本との関係性

《アーク・ノヴァ(2017)》Photo by Neoplus Sixten Inc.

 

日本における近年の展示として、六本木・スカイピラミデで開催された「アニッシュ・カプーア: Selected works 2015-2022」展では、ヴェネツィアで開催中の展覧会に合わせ、新作を含む展示構成によってカプーア作品を披露。

存在と非存在、物質と非物質、空っぽなのに満ちているなどといった、対立した概念の三次元空間が広がる展示でした。

 

また、2013年〜2015年にかけて行われた東日本大震災の被災地支援プロジェクト「アーク・ノヴァ」では、東北地方を巡回するバルーン型移動式コンサートホールを建築家の磯崎新と協働設計。

このホールでは、「ルツェルン・フェスティバル アーク・ノヴァ」と題し公演が行われ、ルツェルン祝祭管弦楽団の演奏のほか、和太鼓や雅楽など国内外のパフォーマーが出演しました。

同作品は、2017年に東京ミッドタウンや、ニューヨークのブルックリン ・ブリッジ・パークにも設置されました。

アーク・ノヴァ内部

 

同年の2015年には、艾未未(アイ・ウェイウェイ)とともに欧州各国の難民政策を批判するパレードを行うなど、社会的な活動にも精力的に取り組みます。

15年に過去数名しか行っていないヴェルサイユ宮殿での個展を開催するなど、常に国際的な注目を集め、18年には国民文化祭および全国障害者芸術・文化祭「おおいた大茶会」のメイン事業「in BEPPU」に招聘され話題を呼んでいます。

 

金沢21世紀美術館に作品常設

石川県金沢市の金沢21世紀美術館には、部屋全体を作品化したコミッションワーク《「世界の起源」L’Origine du monde(2004)》が常設されており、傾斜したコンクリートの壁面には、光の吸収率が高いべンタグラックを使用した円が描かれています。

目を凝らせば凝らすほど、黒い円は盛り上がっているようにも、窪んでいるようにも見え、実態を把握することが困難に。作品タイトルの「世界の起源」は、19世紀のフランス人の画家、ギュスターヴ・クールベによる同名作品を元としています。

 

他にも、福岡市美術館所蔵の《虚ろなる母(1990)》は、比較的初期の作品で、ミニマル・アート以降の彫刻と、母国インドの文化を融合させた作品。東京都立川市のファーレ立川(損保ジャパン立川ビル)に設置されている《山》は、鉄を素材に構成されており、重さは23トン。

ビルの谷間に設置されることで、人工的な自然としての“山”と、人工物の代表格であるビルとのスケールの差異が際立ちます。

 

《虚ろなる母(1990)》

《山》Photo: Faret Tachikawa

 

ファーレ立川でアートディレクターを務めた北川フラムによると、カプーアはこの作品の周辺に木を植えることを反対したそうで、極めて人工的な表現を目指したことが伺えます。

素材や二元論的な表現の探究により、私たちに豊かな鑑賞体験を与えてくれるカプーア。日本では六本木のスカイピラミデで、新作を発表されることも多いので、その他の常設含め気になる方は、チェックしてみてください!

 

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