なぜ値段が高い?5分で学ぶ、サイ・トゥオンブリー(子どもの落書きか、宇宙からの手紙か)

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みなさんはこの絵を見て、どう感じますか?

「なんだ、子どもの落書きじゃん。」

そう思う方もいるかもしれません。

しかし、この作品こそ、現代芸術における巨匠サイ・トゥオンブリーの代表作「黒板」。

2015年にニューヨークのサザビーズオークションで7,053万ドル(当時で約86億円)の高値で落札された、驚きの作品です。

なぜ、この落書きのような作品にこれほどまでの値段が付いたのでしょうか?

この記事では、その理由を解説していきます。

 

1. トゥオンブリーの生きた時代性

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サイ・トゥオンブリー(1928-2011)は1950年代、ロバート・ラウシェンバーグ、ジャスパー・ジョーンズらとともに活動をはじめた、アメリカ抽象表現主義を代表するジャクソン・ポロック(1912-1956)やマーク・ロスコ(1903-1970)に続く、次世代の画家、彫刻家、写真家です。

1928年アメリカのヴァージニア州レキシントンに生まれ。

サイという名前は、シカゴ・ホワイトソックスの元野球選手である父親の、往年の速球投手サイ・ヤングから取ったサイクロン(cyclone、暴風)を意味するニックネームでもあったそうです。

ポロックのアクション・ペインティング、ロスコのカラーフィールド・ペインティング、ウォーホルらのポップアートといった時代の潮流の中で、トゥオンブリーも同様の芸術表現の可能性を模索しました。

しかし、シャイで旅行が好きだったトゥオンブリーは、古代や地中海の文明に魅了され、同時代の仲間たちと徐々に距離を置くようになります。

そして1952年、芸術としての西欧文明の起源をたどるために、友人のロバート・ラウシェンバーグとともにイタリアやフランス、北アフリカを旅し始めるのでした。

1957年には、その情熱が赴くままに、ローマへの永住を決めます。

トゥオンブリーの作品は、歴史の中で誕生した文学や芸術によっって育まれたもの。

これらを参照しながら、シンボルやテキストを引用し、とても神経質に、ときにはほとんど判読し難い筆跡で、キャンバス上に表現します。

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それは、謎を謎のままにするため、発掘した遺物の一部を隠そうとする考古学者のよう。

「私が立証しようとしているのは、現代アートが独立した存在ではなく、ルーツを持つということだ。伝統と継承。私にとって過去は、創作の源なのだ」と彼は語っています。

植物をモチーフに色彩を多用した作品や、暗闇の室内で制作無彩色の背景にクレヨンなどでドローイングを重ねた作品など、視覚的ではなく手から繰り出す独自の表現様式を確立し、孤高の詩人と呼ばれ、20世紀美術史に名を残すこととなります。

トゥオンブリーの絵画は常に「子供の落書き」のようだと形容されるほど、自由で本当に素人の作品ように見えますよね。

 

サイ・トゥオンブリーの主な来歴

1947年:ボストン美術学院に入学、ドイツ表現主義を学ぶ
1950年:NYの美術学校アート・ステューデンツ・リーグに入学、生涯の友となるロバート・ラウシェンバーグ(1925-2008)と出会う
1951年:ノースカロライナ州にある実験的な芸術学校「ブラック・マウンテン・カレッジ」の夏・冬期の講習を受講、社会派リアリズムの画家ベン・シャーン(1898-1969)や、抽象表現主義の画家ロバート・マザウェル(1915-91)らに学ぶ
1952年:ラウシェンバーグと初のイタリア、フランス、北アフリカ旅行へ出かけ、古代文明に魅了される
1953年:アメリカ陸軍に入隊し、暗号制作者に配属。この頃から、夜の暗闇の室内でドローイングを制作、手業を感じさせる新しい描写の方法を模索し始める。
1954年:アメリカ陸軍を除隊し、グレー・ペインティングや石膏彫刻を制作
1957年:ローマに移りアトリエを構え、イタリアで本格的に制作を開始。イタリアでは詩や神話、古典史から発想を得て、文字や数字を用いた大型作品を展開
1959年:生活の拠点をローマに移す
1960年半ば:NYにもスタジオを持ち、米国とイタリアを行き来しながら制作に取り組む

 

2. 聴覚映像としてのイメージの喚起

《Untitled(無題)》 1961-63年 50×71cm 鉛筆、色鉛筆、ボールペン、紙 © Cy Twombly Foundation/Courtesy Cy Twombly Foundation


トゥオンブリーは残念ながら2011年83歳で亡くなってますが、死後も彼の作品は現在も高い人気を誇っています。

一方で、ロバート・ラウシェンバーグ、ジャスパー・ジョーンズらがデビューしてからずっとスターだったのと比べると、トゥオンブリーは生前、アメリカ美術の主流の外に置かれていました。

理由は、美術界は抽象表現主義からポップ・アートへと主流が移行する中で、彼の作品の文学性、物語性は時代に逆行するものとして扱われていたためです。

評価が高まったのは、1980年代に入ってから。

制作以外のときはリルケなどの詩を読んだり、庭いじりをして過ごすという孤高を好む私生活が一種の神話となり、彼の絵画世界はどんどん高次元で難解になってきました。

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トゥオンブリーの即興性に富む「落書き」は、絵画がもつ原理的な次元で人間の感覚や想像力や思考のモデルとして再評価されたのです。

それは、視覚的な奥行きのある絵画とは違い、身元不明の文字列の同一性を遠心力にしながら反復され、増幅されていく聴覚映像として喚起されるといいます。

このあたりは説明が難しいですが、トゥオンブリーの作品を鑑賞することで起こる“聴覚映像”の例を、以下の記事から一部引用します。

匿名のアコースティック・イメージ──「サイ トゥオンブリー:紙の作品、50年の軌跡」展に寄せて

目の前にある絵画、そしてそこに表記された「THE ITALIANS」という文字列は物理的に同一であり、反復されない一回性の図像であるが、私たちはそれを見つめながら「…THE ITALIANS…THE ITALIANS…」と、心のなかで繰り返しつぶやく。

それは物理的に発声されない聴覚映像(ソシュール)であり、しかしその指示対象であるイタリア人たちの姿(ミステリー小説の犯人の姿)にけっしてたどり着かない(画面に描写されていない)ため、視線は行き場を失い、そうすることでまた文字列へと引き寄せられ、つぶやきのみを維持することになる。

「…THE ITALIANS…」。

視覚から得られる、つぶやきによる聴覚映像。

作品体験を意味論的解釈から、聴覚映像のエコー(響き、増幅)へ。

それは波紋のように、鑑賞者の心の中へ深く響き渡っていくのかもしれません。

 

3. トゥオンブリーの描く古代の空

写真出典:https://www.gettyimages.co.jp/


実はフランス・パリのルーブル美術館の「ブロンズの間」の天井にトゥオンブリーが作品を描いています。

作品名は、“The Ceiling”。

展示室に鮮やかで新鮮な風を送り込み、古典美術の彫刻作品を見下ろすその絵画は、2010年に描かれ、現代アーティストによる作品として、フランソワ・モルレ、アンゼルム・キーファーに続き、同美術館の常設展示としての栄誉を与えられました。

トゥオンブリーがルーブル美術館からこの作品の依頼を受けたとき、彼はギリシャ彫刻の歴史と共鳴するような作品にしたいと考えました。

ペイディアス、ケフィソドトス、スコパス、リュシッポス、ポリュクレイトス、ミュロン、プラクシテレス前。

一般的にはほとんど知られていない古代ギリシャの7人の彫刻家たち。

美大生しかその作品を知らないような彫刻家たちの名前を、作品の中に入れたのでした。

こうした偉大な人物たちの名前をギリシャ文字で作品に書くことで、教会や神殿の天井を飾る絵画の伝統と、作品を結びつけようと試みたのです。

トゥオンブリーがこの作品に描いた円は盾、または7人の守護者によって創造された宇宙空間に輝く惑星のようにも見えます。

死の一年前に完成したこの作品は、証言そして遺言として、トゥオンブリーの”The Ceiling”は、一見単純ながらも、唯一無二の深遠さを私たちに示しています。

 

いかがだったでしょうか?

一見ただの落書きのような作品も、その制作過程や背景でここまで深めることができるんですね。

バスキアにも通じるものを感じますが、意図的にこんな落書きを描く自信があるかと聞かれるとドキッとしますよね。

 

 

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