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プールサイドの水しぶき。すっきりとした幾何学的なフォルムや色彩の効果もあり、とても爽やかに夏の一瞬を描いた作品ですよね。作者の名は、デイヴィッド・ホックニー。イギリスを代表するポップアーティストです。
この記事では、現代アーティストとして不動の地位を確立した、彼の生い立ちや作品の魅力を紹介していきます。なぜこの作風に行き着いたのか、その秘密を解き明かしていきましょう!
1. デイヴィッド・ホックニーの生い立ち
デイヴィット・ホックニーは、1937年イギリス・ブラッドフォード生まれで、現在はヨークシャー在住です。1962年に名門、ロイヤル・カレッジ・オブ・アートを卒業し、1964〜67年はアメリカ・ロサンゼルスを拠点に活動します。
初期の頃は、フランシス・ベーコンからの影響を受けて暗い色調の作品を多く描いていましたが、ロサンゼルスに移住した後は作風が一変。西海岸の力強い太陽光を感じられる鮮やかな色彩の作品を多く制作するようになります。
また、シャワールームやスイミングプールなどの日常の場面、親しい人たちのポートレイト作品など、身近な生活の中のものごとをモチーフに、独特の世界観を作り上げていきました。
1978〜80年には、初の大規模回顧展がイェール大学英国美術センターほかを巡回。その後、世界各地で回顧展を多数開催してきました。
また、セクシャルマイノリティへの理解が乏しかった時代において、10代で自身がゲイであること公表し、作品でも同性愛を堂々と表現するなど、固定概念にとらわれない制作の姿勢も魅力のひとつです。
その他、1960年代のポップアート、70年代以降のフォト・コラージュと舞台美術デザイン、近年の伝統絵画に関する研究も行っており、過去50年にわたり幅広い活動を展開しています。
主な活動拠点をアメリカ西海岸としながらも、2005年の英国国民投票で《クラーク夫婦とパーシー(19701-71)》が「英国の絵画トップ10」に入選するなど、母国での人気も高いです。
2018年11月、NYで開催されたクリスティーズオークションに出品された《Portrait of an Artist (Pool With Two Figures)》は、9031万2500ドル(約103億円)で落札された実績があります。
2. 光が降り注ぐ不規則な水面と幾何学
ホックニーを何より魅了したのは、降り注ぐ光とともに刻々と移ろう水面です。最も代表的な作品である《大きな水しぶき(1967)》は、カリフォルニア大学バークレー校で教鞭を振るっていた、1967年4月〜6月にかけて描かれたものです。
プールは見るたびに違う青色をしていて、見るたびに違う性質を帯びている。水面を見ても、水底を見ても、水中を見ても、毎日違って見えるんだ
デイヴィッド・ホックニー
プールのある風景を爽快な色彩と幾何学的なフォルムで描いた60年代のアクリル画で、跳び込み板から跳び込んだ直後と思われる姿の見えない人物が立てた大きな水しぶきで乱れたプールと、モダンな家が描いています。
作品のイメージの一部は、ホックニーがプール建設に関する本で発見した写真を参考にしたそうです。これらのシリーズは、ホックニーの人気を不動のものとしました。
一方で、当時から撮影した写真を基に作品制作していましたが、レンズによる像の歪みを嫌ったホックニーは、それを補正するために始めたフォト・モンタージュも、作品シリーズとして発展していくこととなります。
ホックニーを題材にした映画としては、「彼と彼 −とても大きな水しぶき−」があります。本作は、監督のジャック・ハザンが、《大きな水しぶき(1967)》にインスピレーションを受けて製作したもの。
内容はホックニーとピーター・シュレシンガーとの破局を焦点に描かれていますが、映画のタイトルは絵画にちなんで付けられたというエピソードが残っています。
3. 常に新しいことを追い求める探究心
ホックニーの活動の根幹は、アクリル、油彩、水彩などを用いた具象絵画ですが、独特の人工性をはらんだリアリズムの追求するために写真やコピー機、PCなどのデジタル技術の使用にも定評があります。
2022年で85歳になる高齢者ながら、iPadを活用した絵画制作を行うなど、常に積極的に新しいメディアを取り入れています。
2010年にiPadが発売されると、すぐにドローイングのツールとして導入。その頃に、カリフォルニアにあるヨセミテ国立公園を訪れたホックニーは、iPadを使って初めての作品シリーズ「The Yosemite Suite」を製作。
iPadのアプリのみで描かれた本作は、鮮やかな色彩が多層的に描かれており、ヨセミテの雄大でダイナミックな自然が迫力よく描かれてました。
ホックニーの作風は、iPadを利用し始めたことにより、作品のトーンがより鮮明になり、色彩に対する変化が生まれています。
これは、iPadでは色の調整を画面上で素早く行うことができるため、目で見たものをキャンバス上でより多く、細かく調整できるようになったことが影響していると思われます。
iPadを手にしてからは作品数も増えており、フランスのノルマンディー地方の光や天候の変化をとらえた作品シリーズは、100枚を発表。
これらは2021年の10月には「睡蓮の間」で有名なフランス・パリのオランジュリー美術館にて、ロックダウン(都市封鎖)中に制作された全長90メートルのモネへのオマージュとなる大型作品《A year in Normandy(ノルマンディーの1年)》とともに展示され、話題を呼びました。
4. 研究者としての一面
片目の男が小さな穴を通して見ているのが写真。その中にどれだけのリアリティーがありうるのだろうか?
デイヴィッド・ホックニー
ホックニーには、研究者としての一面もあります。
人間の脳が認識する現実の世界は、単一焦点の遠近法よりも複数視点のキュビズム的構造に近いと信じるホックニーにとって、新たなリアリティを追求する場を提供することとなりました。
この視点への探究心は、のちにルネッサンスを始めとする視覚と表象、光学技術との関係を探る研究へと発展していきます。初期から続いている鋭い観察眼と経験に基づいた視覚世界の分析こそ、ホックニーの最大の特徴と言えます。
2001年には西洋絵画の巨匠たちの制作方法を論じた「秘密の知識」を刊行。本書では、500点に及ぶ膨大な絵画やスケッチの複製がホックニーの解説とともに掲載されています。
主な掲載作家は、カラヴァッジョ、デューラー、ベラスケス、ファン・エイク、ホルバイン、レオナルド・ダ・ヴィンチ、アングルなど。
さらに、多くの古文書や近現代文書の抜粋も示されており、豊富な図版、詳細な解説は、美術学的にも必携の大著となっています。